6歳までの脳の発育における歯科の役割
名古屋市港区のオリーブ歯科こども歯科クリニックです。
今回は、歯科医療の視点から、子どもの虐待に関わる重要なテーマについてお話しします。
それは、「デンタルネグレクト」と、「顔や口腔に現れる虐待のサイン」についてです。
私は、歯科医師になる以前から、子ども支援や虐待防止に関心を持ち、継続的に関わってまいりました。
その中で確信していることがあります。
それは、「子どもの口に、虐待のSOSが表れる」ということです。
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■ デンタルネグレクトは、虐待の一形態である
米国小児科学会(AAP)は、2005年の公式声明において、デンタルネグレクトを“医療ネグレクトの一種”として明確に定義しています。
具体的には、「明らかに治療が必要であるにも関わらず、保護者が治療の必要性を理解しつつも、合理的な手段を取らずに放置する状態」を指します【AAP, 2005】。
米国疾病予防管理センター(CDC)も、「医療・歯科を含む基本的ケアの不履行はネグレクトと見なされる」としており、これは虐待四分類(身体的虐待、性的虐待、心理的虐待、ネグレクト)の中の一角を占めています。
しかし日本では、こうした「デンタルネグレクト」という概念そのものが、行政・医療・保育・教育の現場にまだ十分には浸透していないのが現実です。
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■ 虐待は「歯」だけでは見抜けない――顔や口の外傷も重要な手がかり
デンタルネグレクトとともに、私たちが深刻に捉えているのが、口腔や顔面に現れる外傷です。
米国司法省が発行した『Child Physical Abuse: A Guide to Identification and Reporting』では、身体的虐待を受けた子どもの約60〜75%に顔面領域の外傷が確認されていると報告されています。特に口唇、歯肉、口腔粘膜、歯の破折や欠損は、虐待による“見逃されがちな外傷”としてリストアップされています【U.S. DOJ, 2002】。
また、National Children’s Advocacy Center(全米子ども支援センター協議会)の資料でも、歯科受診時に見つかる反復的な歯の破折、口腔内出血、説明のつかない口元の傷が虐待の可能性を示す兆候であることが明記されています。
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■ 現場で起きている“制度の壁”
日本では、歯科検診や定期受診の中で、明らかに放置された虫歯や治療されていない歯列不正、義務教育を超えても受診歴のないケースに出会うことがあります。
しかし、それをもって虐待として行政的対応につなげられるかというと、現実は厳しいのが実情です。
「歯科の問題は生活習慣の範囲」とみなされ、介入の法的根拠や通報ラインが曖昧なまま放置される例も少なくありません。
こうした制度の“隙間”にこそ、声を上げられない子どもたちが取り残されてしまっていることに、私たちは強い危機感を抱いています。
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■ 歯科が担う、もう一つの使命
私たちオリーブ歯科こども歯科クリニックでは、歯科医療を「病気の治療」にとどめず、「子どもの健やかな成長と安心できる環境を守る手段」として位置づけています。
当院には、定期的に通ってくださるお子さんが多くいらっしゃいます。だからこそ、些細な変化に気づける機会も多いのです。
「前よりも急に口数が減った」
「口元の傷を繰り返している」
「虫歯が明らかに痛いのに、放置されている」
――そんな違和感が、虐待の最初のシグナルかもしれません。
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■ 最後に
子どもたちは、自分の異変や不安を言葉で訴えることができません。
だからこそ、大人が“気づく目”を持つことが第一歩です。
このコラムを読んだ方には、ぜひこの「デンタルネグレクト」という視点を知っていただきたいと思っています。
歯科は、子どもたちの命を守る“現場”にもなり得ます。
そして私たちもまた、皆さまと連携しながら、社会全体で子どもを支える医療機関でありたいと願っています。
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※参考文献・資料:
•American Academy of Pediatrics (2005). “Oral and Dental Aspects of Child Abuse and Neglect”
•Centers for Disease Control and Prevention (CDC). Child Maltreatment Definitions
•U.S. Department of Justice (2002). Recognizing When a Child’s Injury or Illness Is Caused by Abuse
•National Children’s Advocacy Center: “Dental Indicators of Child Abuse and Neglect”



