
お彼岸ですね。
今日(3月20日)は中日なので、当霊園も朝からお参りの方が多いです。
毎年この時期になると思うのですが、
なぜ人は、お彼岸になると自然とお墓に来るのだろう…と。
もちろん仏教的には、
此岸(こちらの世界)から彼岸(悟りの世界)へ、という意味があるのですが、
正直、それだけでここまで広まったとはちょっと考えにくい気もしています。
たぶんもう少し、人間の感覚に近い理由があるのではないかなと思っていて。
春分とか秋分って、昼と夜がちょうど半分くらいになりますよね。
暑さと寒さも一気に切り替わるタイミングですし、
こういう「境目」って、人はけっこう意識しやすくなるように思います。
それに、人間って、亡くなった人のことを完全には忘れることはできないし、
見えない存在をどこかで感じてしまうところもあると思うのです。
そういう人間の本来の感覚に、仏教の考え方がうまく乗っかって、
お墓参りとか供養っていう形になって、今まで続いてきたのではないかなと。
実際、お墓の前で手を合わせるときって、
何かをしているというより、なんとなくつながっている感じってありませんか。
あと、もう一つ大事だと思っているのが「忘れること」です。
人って、亡くなった人のことをずっと抱えたままでは生きていけないので、
普段はある程度、距離を取って生活していると思うのです。
でも、お彼岸とかお盆みたいなタイミングで、あらためて思い出す。
つまり、
忘れることと、思い出すことのバランスを取っているのではないかなと。
そう考えると、お彼岸って、亡くなった方のためというより、
今を生きている自分たちのための時間なのかもしれませんね。
お彼岸とお参り
テーマ:季節の話題
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