ロケットエンジンの燃料供給バルブまで手がけた伝説の溶接技能者
松村和夫
Mybestpro Interview
ロケットエンジンの燃料供給バルブまで手がけた伝説の溶接技能者
松村和夫
#chapter1
特殊溶接の高い技術力で評価の高い株式会社マツムラの代表取締役会長である松村和夫さんは、祖父の代から溶接を生業とする一家に生まれました。子どもの頃から祖父の溶接作業を手伝いながら、その熟練の技を自分の身体に叩き込んできました。当時は技術を誰も教えてくれない時代、仕事のやり方は目で見て盗むのが当たり前の時代だったと話します。
「おじいさんの先手(助手)をやっていて、ポジショナーを回すタイミングが合わないとすぐさま手が飛んでくる。手の感覚や溶接部分の光の読み方の基礎が身についたのはその頃かな」と語る松村さん。でも周囲の人たちにお話を聞いてみると松村さん自身は、おじいさんに受けたスパルタ教育法を受け継いでいないようです。若手がさぼっていても怒らない、職人気質とは少し異質なスタンスで周囲に接し続けてきたようです。
「無理やりやらせても仕方がない。自分がやる気にならないとダメ」というのが松村さんのスタンス。やる気を引き出すために行っているのが反復練習。松村さんが会長を務める株式会社マツムラでは溶接技能者を目指して入社した社員は丸々1年間を仕事ではなく、溶接の練習に費やすそうです。熟練技能者になるとその練習の溶接痕を見るだけで、「ここで集中力が切れている」とか「調子が悪い」といったことが分かってしまうそうです。そういった高度な技術を持った集団を育ててきた松村氏が今までどういった仕事をやってきたのかを次章から紹介していきましょう。
#chapter2
まだ二十代だった松村さんが熱意を持って取り組んでいたのが超精密なロケットエンジンの燃料供給バルブの溶接加工でした。液体燃料ロケットで推進剤として使用される液体水素の温度は-253℃、酸化剤の液体酸素は-183℃で、これらを制御するバルブには超低温への対応が求められます。この極限環境で精確に作動するバルブを作ることがミッションでした。
株式会社美吉野熔工所から株式会社フジキン(当時は富士金属工作株式会社)に出向していた松村さんはフジキンの技術者達とともに極限環境下での精確な作動という難題に立ち向かうことになったのです。まず、問題となったのは極低温下での金属の収縮に対応するバルブをどう実用化していくか。さらに発射設備では燃料の蒸発を防ぐため短時間で充填できるよう高圧への対応が不可欠。そして、水素によりバルブ素材の強度が低下する問題をも解決する必要もありました。
このような物語を聞けば、みなさんも思い当たるふしがあるでしょう。開発チームの団結によって、数々の難局や技術的困難に打ち勝ってキーデバイスの開発に成功する熱いテレビドラマです。実は株式会社フジキンはあのドラマのロケ地になった企業なのです。
このような最先端での技術的切磋琢磨を経て、松村さんは平成元年に自身で株式会社マツムラを起業することになります。その頃にはロケットエンジンの燃料バルブ開発は一段落し、松村さんは自分の会社で新たな課題に立ち向かうことになるのです。
#chapter3
新たな課題とは半導体製造設備で必須の超精密バルブ機器の開発です。半導体は、パソコンや携帯電話から家電製品、さらに自動車などあらゆる分野に用いられ、もはや私たちの暮らしになくてはならない存在。半導体チップの素子数は飛躍的に増大し、回路の幅は今や髪の毛の約5,000分の1と微細なものになっています。この製造工程にはほんの少しの埃ですら、紛れ込んではならないのです。
このバルブには耐酸化性に優れたステンレスSUS316Lで作る必要がありました。さらに溶接した後に中まで溶け込んでいる必要があります。実際に半導体製造バルブに使われる技法で仕上げられた溶接サンプルを手にとらせてもらえました。手で慎重に触ってみても溶接されたとわからないほどの滑らかさ。バルブを通る素材に不純物が混じっては製造機器の不良につながるため、滑らかに仕上げる必要があるのです。高度な技術的要請に応えるため、溶接の前工程である切削加工から後工程の研磨までワンストップで対応できる体制を築き上ていきます。
さらには当時は実用化が難しいと言われていた自動溶接機の開発も手がけています。まさに八面六臂の活躍。今では本社工場で30台ほどの自動溶接機が稼働しています。でも、松村さんのスピリットを受け継いだ熟練の溶接技能者たちは自分の手の感覚を通してモノづくりをすることにこだわっています。それが「なにわの匠たち」の遺伝子なのかも知れません。
(取材年月:2019年8月)
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Profile
ロケットエンジンの燃料供給バルブまで手がけた伝説の溶接技能者
松村和夫プロ
溶接技能者
株式会社マツムラ
二十代で早くも「なにわの匠たち」に選抜された溶接技能者のレジェンド。ロケットエンジンの燃料供給バルブや半導体製造設備パイプの異材接合など高度な技術で製造現場の技術的要請に応えてきた実績を持つ。
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