地方の消防署で10年勤務。消防人生で苦労したこと〜『受験生時代』編④

矢方滉将

矢方滉将

テーマ:公務員試験


こんにちは!消防塾講師のHIROです!
私は専門学校卒業後、大分県別府市の消防署で10年間働いていました。
前回に引き続き、今回は、
消防人生で苦労したこと〜『受験生時代』編④
になります。
前回の記事はこちら
このシリーズは退職編まで続ける予定なので
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それでは本題に入ります!

前回のあらすじ

専門学校入学して半年近く経ち
ある程度の点数がとれるようになったんですけど
伸び悩みました。そこで、ただ復習するだけじゃなく
試験の点数につながる勉強方法をすることで
また一つ上のレベルにいくことができました。
ある程度点数が伸びてくると、気持ちにも少し余裕ができたので
教養試験だけではなく、公務員試験に合格するために
なにをすれば良いのかを考え始め、スケジュールの中に
体力試験対策なども入れ込むようになりました。
そんな感じで、あっという間に年が明けて、いよいよ受験本番の年に。
地元ではなく、大阪か東京の大都市で働きたいと思い始め
やるべきことはとことんやってしまおうと、意気込みました。

実際に庁舎見学に行く


私は、この頃、自分の勉強方法にも自信がついてましたし、
体力試験対策も問題なく回数も伸びてきていたので
面接などにも目を向けるようになっていました。
公務員試験って倍率なので、
やっぱり他の受験生よりもインパクトに残るようなことを
言えないとダメだと思っていました。
東京や大阪の消防に受験する人も多いとわかっていたので
ありきたりな志望動機ではダメだなと思い、
とりあえず、そこに触れておきたいと思い、
東京や大阪の消防署に連絡して見学のアポ取りをしました。
その当時、福岡に住んでいたので
庁舎見学のためだけにですが飛行機で行くことに。
大阪市は中央消防署、
東京は丸の内消防署と池袋消防署のアポが取れました。
見学当日、消防署員の方が一つ一つ丁寧に
消防業務や消防車の説明、機材等も触れさせてもらいました。
なにか印象的な言葉があれば、志望動機に入れられると思い
許可もらってボイスレコーダーまでまわしていました。
忙しい中、当時対応していただいた消防士さんには感謝ですね。
結果思ったことは、やっぱり行って良かったです。
もちろんその後の面接対策等でも
熱意を伝える上で、プラスになったと思いますし
この見学で、何よりも良かったと思ったのは
自分の目標とする場所を実際に見ることで
勉強の意欲がさらに向上したことです。

この見学後から、さらに自分を追い込んだのを覚えています。

勉強中毒になる


それから勉強量に歯止めが効かなくなり、
夜中の3時頃まで勉強するようになっていました。
部屋の中は眠眠打破だらけ…
朝は6時起き。
そんな感じの生活になっていたんですけど
『ちょっとでも勉強しなかったら不安になる…』
そんな状態に気づいたらなってました。
でも冷静に見ると勉強量に対して、
たいして点数が伸びてなかったです。
20点中盤から後半くらい。
また、睡眠が足りていないのか
前日に勉強した内容が
あまり頭に入っていないことも 多々ありました。

完璧に空回りですよね。
バカな私でもさすがに
徹夜の非効率さに気がつきやめました。
睡眠も勉強。そう思って6時間〜7時間は寝るようにしました。
いかに起きてる時間に集中して勉強できるかと
隙間時間を活用できるか、
自己満足の勉強をしても意味がないと自分に言い聞かせ
毎日を過ごしていると
あっという間に4月。クラス替えです。
この頃、学年内での成績は上位20%くらいに入っていました。
大体30点前後を取る感じですかね。
この一年で、なんとなく過ごしていた人と
本気でやっていた人の差は歴然って感じでしたね。
4月から慌てて、居残り始めたりする人が急増したのを覚えています笑
正直、この人たちの大半は、残酷ですけど
最終的に第1志望の職業に合格できずに、
別の業種、若しくは民間企業に就職していきました。
もちろん、不合格しても、
その後の人生輝いてる人はたくさんいますけどね!
何が正解かはわかりませんよね!

気づけば教える立場に


クラスが変わって、定期のテストも
割と安定していて、クラス内では常に上位にいました。
最初の1年でほとんど習ってきたことはインプットできてますし
それを模試にアウトプットできる能力もついていたので
周りの友人から、勉強を教えてほしいと聞かれることが多くなりました。
そこで気づいたんですけど、僕って教えるの、わりと上手ってことです。
なんでかって言ったら、
バカな自分でも覚えられるような工夫をしてずっと勉強していたので
回りの人にも、かなり噛み砕いてわかりやすく説明できるようになっていました。
自分の復習にもなるし、なにより周りの友人から感謝されるのが嬉しかったですね。
ライバルですけど、やっぱり一緒に夢を掴みたいという気持ちが芽生えていました。

最後の追い込み『模試期』

夏前になると模試期が到来します。
その名の通り、模試を解きまくるって言う期間です。
毎日模試が実施されるんですけど、
もちろん学年全員なので250人くらい?
恐ろしいんですけど、
すぐに順位が出されて、毎日クラス分けされます。
上位から順に30名ずつくらいに分けられて
レベル別で、模試の問題の解説をされるみたいな感じ。
結構、怖いですよ笑
ですけど、この模試期を通して、面白いんですけど
ある日突然高得点が取れるようになりました。
たしか35点とかだったと思います。(はっきり覚えてない)
まあ、たまたまかなあと思ってたんですけど
その後、36点、37点、38点…
30点後半が普通に取れるようになりました。
模試慣れですね。
やっぱり模試での時間管理だったり優先順位の付け方等に
慣れてきて、凡ミスしなくなったのが理由だと思います。
本当にいい時は45点満点の43点取れることも。
常に模試後のクラス分けでも上位のクラスにいました。
この時、一次試験で不合格になることは、ほぼないという自信がついていました。
ですので、毎朝、論文書いて先生に個人的に提出したり
受験する消防の情報収集等にも力を入れてましたね。

残酷な光景


すごく、残酷だなと思った光景を
この時期よく目にしてたんですけど
1年目なんとなく過ごしてそうだった人たちが
慌てて勉強をしている。
でもいっこうに点数が伸びない。
もちろん全員ではないと思いますけど
大半が中途半端な感じだったと思います。
気持ちの焦りと、今まで勉強してなかったから
何から手をつけたらいいかわからない状態って感じですよね。
まさに僕が恐れていた姿です。
公務員の専門学校って周りの人みんなライバルなんで
毎日順位出されると、焦りますよね。
一年ちょっと前、自分はどん底でしたが
やっぱり結果ってやった分だけでるな。と思いましたね。
そんなこんなで、いよいよ試験がやってきます。
最初の試験は地元別府市消防本部。
一次試験は7月で、8月末に最終合格です。
受かったら、その年の10月1日に採用されるという条件でした。
地方消防って、普段10月とかにあるんですけど
この試験はたまたま、臨時募集でした。
9月に東京消防庁の試験も控えていたので
正直予行練習くらいの気持ちで受験したのを覚えています。
もし別府消防の方、見てたら本当にすみません。笑

では、長くなったので今日はここまでです!
次回は試験当日についてのことを書こうと思います!

ではまた!
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第1話
第2話
第3話

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矢方滉将(映像クリエイター)

株式会社ヤヲキ

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矢方滉将プロは大分朝日放送が厳正なる審査をした登録専門家です

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