「私たちが目指すのは『救済』の先にある、孤立させないための『伴走』」
トリミング中に愛犬が噛んでしまい、悩まれているご家族へ
『噛む』のは、悲鳴と同じこと。
こんばんは。HUG,DOGのオーナーグルーマーのMisakoです。
トリミング中に噛み付いてしまって利用を断られたり、なんとなく行けなくなったりして、お困りのご家族が全国にたくさんいらっしゃることを、皆さんはご存知でしょうか?
愛犬が他人を噛むという行為は、実は保健所への届出が必要だったり、賠償問題に発展したりと、社会的には非常に深刻なトラブルです。
とはいえ、グルーマー(トリマー)はどうしても噛まれる危険が高い場所で仕事をしています。
そのため、咬傷(こうしょう)事故があっても、内々で処理され、あまり大事にはされないことが多いのも事実です。
リスクを背負ってでも、強い使命感を持って仕事に従事するプロは山ほどいますが、やはり危険度が高いほど、利用をお断りするケースはまあまああります。
当店の場合は、「噛むから」という理由で来店をお断りすることはありません。でも私は、犬が全力で「噛むほど嫌だ」と言っている、この目の前の事実は、絶対に無視しないと犬に誓っています。
そして、噛まれることを軽視しているわけでもありません。どちらかというと、私は怪我をするほど噛まれるつもりがありません。
「愛」という名の、重い石
犬たちが噛む理由は様々ですが、喋らない以上、人がどう頭を捻っても、実際は推測の範疇を出ません。ただ、その主張は正当なことが大多数なのではないかと、私は感じています。
犬は本来とても平和的で優しい動物ですから、人が怪我をするほど噛むという選択は彼らにとっては時に悲鳴と同じ意味さえ持つと思うからです。
だから、私が噛む犬を受け入れるとき、まず何よりも先に考えるのは、
シャンプーやカットが、本当に必要なのか
ということです。
「やってあげたい」「やらないと不安」というのはご家族の愛情かもしれません。
でも例えば柴犬のシャンプードライや、ボーダーの爪切り、トイプードルのテディベアスタイルなどは、「噛むほど拒絶する犬」にとって、実はそれほど重要ではないこともよくあります。
本人にとって、心身の健康に特に悪影響がないのであれば、それは「手放せるこだわり」かもしれないのです。
私は、噛むほど拒絶する状態になっている犬をこう捉えています。皆さんもイメージしてみてください。
ひとがたくさんの石を詰め込んだリュックを、犬に背負わせています。これまで誰もこの荷物を、軽くしたり下ろしたりしてくれなかった。
だからその子は、もう進めない、重くて辛い……と言っています。
この詰め込まれた石は、これまでこの子が「怖い」「痛い」「納得いかない」と訴えてきたのに聞き入れてもらえず、人に押し付けられ、強要されてきた記憶です。
この子にとっては、重くて硬い、大きな荷物なのです。
この荷物の負担を減らすためには、リュックを下ろしたり、捨てられる荷物を捨てたりしてやる必要があります。
それをする許可を出せるのは、こうなってしまった時にはもう、ご家族だけです。他人が横から許可なくそれをすることはできません。
ご家族から許可や依頼があれば、色々なテクニックや道具を使って、実際にこの荷物の負担を減らすお手伝いをプロの私たちが行えます。
でもそれは、当店では「無理やり作業を押し進める」ということとは違います。そうやって無理やり「作業をできたことにする」のは、間違っていると思うからです。
「できる」とは、誰のことか
「できたことにする」って、どういうことだと思いますか?
実は、「できる範囲でやる」「できるだけやってみる」という言葉を、グルーマーもご家族もよく口にしますが、私はこれはとても注意が必要な言葉だと思っています。
重要なのは、『誰が、できるということか?』です。
・人(グルーマー)ができる
・犬ができる
この二つは、全く別物です。
これは噛む犬に限った話ではありませんが、押さえつけたり、過度な防御をしたり、体調不良を堪えてギリギリやれるところまでなんとか作業を終えた。これは『人が』できる範囲です。
対して『犬が』できる範囲というのは、強い拒絶のサイン(特に噛む、唸る、悲鳴をあげる、逃げるなど)や、体の不調(失神やチアノーゼなど)が出る、よりも前 なのです。
噛む犬の多くの場合、「人が」できると思っている範囲は、「犬の」できる範囲を大幅に超えています。
それも結構長い期間です。
ですから、人基準の範囲でやり切って「できたことにする」のは、私にとっては間違いであり、ドッグファーストという当店の方針から逸脱するのです。
「魔法」ではなく「覚悟」
よく誤解されるのですが、私はヘビーな咬傷経歴がある犬でもサロンで受け入れ、徐々にできることを増やしていったりしますが、別に「噛む犬を魔法のように大人しくさせるプロ」ではありません。
犬は動物です。
自分を守るために「噛む」という能力を、防衛としても攻撃としても機能としてそもそも備えており、私たちが近くにいればいるほど、そのリスクは上がります。つまり私たちは、どんなに経験を積みスキルを磨いても、「噛まれない保証」はどこにもないのです。
噛むか噛まないかを選ぶのは、その能力をもった犬たち自身だからです。
だからこそ、テクニックを尽くして犬と「交渉」します。
犬たちの中には死ぬまで人の手入れが必要な犬種も多くいるので、なんとか受け入れてもらえる術を探るためです。
でも、失敗すればプロでも噛まれます。個体差や背景も千差万別ある以上、複雑であればあるほど失敗のリスクはあります。
にもかかわらず、私には自分やスタッフの体を守る優先的な義務があります。
当然です。我々プログルーマーは、ご家族と犬たちの日常に寄り添い、強靭なサポートをし続ける支援者ですから、一人も前線から失うわけにはいかないのです。
ですから、お受けするにあたって、ご家族には私が示す「犬と人を守るための基準と方針」を100%理解していただく必要があります。
私は一方的にどちらかだけを守るようなやり方は、絶対に選びません。
ご家族には必ず、グルーマーの危険を回避するためのルールを理解し、「犬の心身に寄り添う」という方針に同意していただかなければなりません。
もちろんスタッフにも、方針を理解し、自分の感情や思いつきやアーティストのような気質でもって、犬の心理的安全性を侵害するグルーミングをすることがないようにしてもらいます。
私は噛むことを理由にお断りすることはないですが、もしもご家族がこのルールを理解できず、私の方針に同意していただけない場合は、残念ながらお受けすることはできません。また、「どうやってもいいから、とにかく早く普通にやってほしい」というお考えの方も、当店のやり方とは合いません。
実際、「いつになったらテディベアカットにしてくれるの?」と不満を感じて、通わなくなった方もいらっしゃいます。
方針が違うので、仕方がありません。
いつかはするかもしれませんが、「今ではない」とこちらが判断すれば、犬の代弁として「まだできません」と言いきらせていただいています。
理解し合い、同じ気持ちで犬に触れたら。
方針といえば……。
先日、一つ前の「支援と伴走」という私のスタンスを綴った記事を読んで、一通のメッセージが届きました。
里子で迎えたエリーちゃんのご家族からです。
『こんばんわ。 記事を読ませていただきました。改めてよかった、本当にHUG,DOGに出会えてよかった、とつくづく思います。
初めて伺った時にお話しましたが、うちのエリーも私が大けがをするほど噛みついてしまう犬ですが、その悩みを受け入れていただき本当に感謝しています。
私がどうしてもエリーからの大けがの経験で恐怖感が残っているので、エリーにはそれがお見通しのようで。
長い目で見つつ、分かり合える日を夢見て飼おうと思っています。 これも勉強だと。 』
ありがとうございます。
このように言っていただけて、本当に光栄です。
そして、当店の方針ややり方にご理解頂けているから、無事必要なお手入れが出来ています。
とても感謝しております。
「愛しているのに、怖い」という孤独な戦いを終わらせる方法は色々あるのかもしれませんが、少なくとも私のサロンでは、力で押さえつけることではありません。
「これ、本当に要る?」と、いつの間にか大きく重くなってしまったリュックの中身を、一緒にひっくり返して、いらないものはその辺にポイっと捨ててしまえばいいと思っています。
身軽になったその子の背中に、ご家族も私たちグルーマーも、もう一度心からの安心を持って優しく手を添えられるように。私たちは、こうしてご家族とわんちゃんの隣を歩む「伴走者」でありたいと願っています。



