乳房エピテーゼQ&A
乳がんの手術後、多くの女性が直面するのは「外見の変化」だけではありません。左右のバランスが崩れることによる肩こり、着たい服を諦める切なさ、そして誰に相談すればいいか分からない孤独感。 岩手県内でも数少ない女性義肢装具士、(有)大沼義肢整形器製作所の土橋さんが話してくれました。「乳房エピテーゼ(人工乳房)は、単に補填(ほてん)するための物ではなく、自分らしさを取り戻すためのきっかけなんです」と。現場の最前線で女性たちに寄り添う、その熱い想いと専門的な技術の裏側に迫りました。
1. 「女性義肢装具士」だからこそ見えた、アピアランスケアの神髄
義肢装具(コルセットなどの装具や、義手・義足)を専門としていた土橋さんが、なぜ「乳房エピテーゼ(人工乳房)」の世界に足を踏み入れたのか。その背景には、全国的に見ても極めて少ない「女性義肢装具士」としての危機感と使命感がありました。
「岩手県には義肢装具士自体が少なく、女性となるとさらに数人。また、全国的に『女性義肢装具士』の離職率が高い現状に、何かできることはないか。そう考えていた時に出会ったのがオーダーメイドの乳房エピテーゼでした。これは女性義肢装具士こそが、その専門性を最大限に発揮できる分野だと感じました」
学びを深める中で辿り着いたのは、「アピアランスケア(外見の変化に対するケア)」に義肢装具士が深く関わる重要性でした。
2. 「見た目」を補い、「身体」を整える。義肢装具士が追求する「適合」の力
一般的に、乳房エピテーゼ(人工乳房)は「外観」を、義肢や装具は「機能」を重視します。もちろん、乳房エピテーゼ(人工乳房)の見た目を本物そっくりに再現することは非常に大切ですが、土橋さんはそこに義肢装具士として「機能」を追求し、適合させていきます。
「実は、乳がん術後の方の多くが『肩こり』に悩まされています。左右の重量バランスが変化することで、身体の重心が狂い、姿勢が崩れてしまうからです」
機能を考える上で重要になるのが、身体にぴったりと沿わせる「適合(フィッティング)」の技術です。
左右の重さを均等に近づけることで、身体の重心を補正します。
「適合(フィッティング)」は、専門性が高く技術的な差がでやすい所でもあります。
「特に乳房エピテーゼを装着する部位の近くには肩関節があります。肩の関節は、日常生活の中で非常に大きく動く部位。適合が甘いと、動くたびに乳房エピテーゼがズレたり、外れる不安を感じたりしてしまいます。私が目指すのは、家事動作やデスクワークといった日常の動作をしても落ちない安心感。そして、装着の不安を感じることなく、自然に使っていただけると言うことです。」
見た目を整えるだけでなく、身体への負担を減らし、心から安心して動ける毎日を支える。
それこそが、国家資格を持つ義肢装具士が乳房エピテーゼを作る最大の意味なのです。
既製品にはない、オーダーメイドならではのメリット。
それは、自分の身体の一部として馴染み、身体を整え、結果として「着たい服を自由に着られる」という、当たり前の日常を取り戻すこと。
技術者としての日々の研鑽が、この『適合』という言葉に凝縮されているのだと感じました。
「ただ想像以上に繊細で専門性が高く高度な技術が求められていると感じております」
そう語る土橋さんの言葉からは、現状に満足することなく、日々研究と研鑽をしていると感じました。
3. 「女の人で良かった」——パーソナルスペースに寄り添う配慮
乳房エピテーゼの製作には、上半身の採型(型取り)が不可欠です。物理的な距離が近くなるからこそ、同性の義肢装具士が担当することの安心感は計り知れません。
「実は、義肢装具士全体のうち、女性が占める割合はわずか16%(※1)ほど。病院という公的な現場であっても、男性義肢装具士が担当することが多いです。 しかし、乳房というデリケートな部位を扱う以上、同性だからこそ打ち明けられる悩みや、細やかなニュアンスの共有が欠かせません。」
また、土橋さんが「岩手」という場所で地域密着型の製作を続けることには、もう一つの大きな意味があります。
「通常、乳房エピテーゼ(人工乳房)の製作会社は都市部に集中しており、地方へは出張で対応するのが一般的です。しかし、岩手に製作拠点があることで、出張をお願いしたり待つ必要はありません。不具合があればすぐに調整に行ける、その『物理的な距離の近さ』が、使い続ける上での最大の安心材料になります。」
地方に住んでいても、女性が自分らしい選択をできるように、悩んでいる女性の何か「きっかけ」になりたいという気持ちが伝わってきました。
※1:ジョブメドレー|義肢装具士って何するの?仕事内容、なり方、年収などを徹底調査!https://job-medley.com/tips/de
4. 家族の想いが背中を押す。鏡の前でこぼれた「本当の笑顔」
活動を続ける中で、土橋さんがハッとさせられた出来事がありました。それは、ある旦那様からの「妻のために、乳房エピテーゼを作ってほしい」という依頼です。
「女性、特に母親という立場にある方は、どうしても自分のことを後回しにしてしまいがちです。乳房エピテーゼはなくても生活に支障があるわけではありません。だからこそ、自分から『作りたい』と言い出すには勇気が必要ですし、優先順位を下げてしまう方も多いんです」
そんな時、パートナーや家族からの「いつまでも笑顔でいてほしい」「力になりたい」という気持ちが、一歩踏み出すためのハードルを劇的に下げてくれる。それは、土橋さんにとっても大きな気づきでした。
初めて完成した乳房エピテーゼを装着し、鏡を見た奥様の表情。そこには、照れくさそうに、でも嬉しそうにニコッと微笑む姿がありました。
以来、土橋さんは当事者である女性だけでなく、そのパートナーやご家族、さらには社会全体に乳房エピテーゼの存在を知ってもらうことが重要だと考えています。
大切な人が自分らしく笑えるようになるために。
ご家族と一緒に『どうしたいか』を考える。
そんな体験を提供することこそが、土橋さんの手がける仕事の本質なのだと強く実感しました。
5. 【まとめ】専門家と一緒に「悩み」を共有することから
「弊社の乳房エピテーゼは、岩手という立地を考え、標準的な価格より抑えて設定しています。それでも、やはり高額な買い物であることに変わりはありません」
そう率直に語る土橋さんの言葉には、義肢装具士としての誠実さが溢れています。
製作には最短でも2か月ほどお時間を頂戴しております。既製品ではなく、お一人おひとりの生活やお身体の状態に合わせて、一つひとつ丁寧な手仕事で仕上げているためです。
画面越しに何度も土橋さんと対話を重ねる中で、私が強く感じたことがあります。それは、土橋さんが見つめているのは「製品」ではなく、その先にある「お一人おひとりの日常」だということです。
「納得いくまでお話ししていただきたいので、最初のカウンセリングには十分な時間をいただいています。無理にお勧めすることはありませんので、まずは今の悩みを共有することから始めてみませんか?」
一人で抱え込み、自分のことを後回しにしてきたあなたへ。
同じ女性として、そして身体の構造を知り尽くした義肢装具士として、土橋さんはあなたの隣で一緒に歩んでくれるはずです。
あなたらしい明日を、ここ岩手で、一緒に考えましょう。


