着物の技術と想いをガラス工芸で未来に紡ぐリメイクのプロ
稲手邦彦
Mybestpro Interview
着物の技術と想いをガラス工芸で未来に紡ぐリメイクのプロ
稲手邦彦
#chapter1
「ご家族から譲り受けた形見やタンスに眠っている着物をよみがえらせ、日々の暮らしに取り入れて楽しんでいただくお手伝いをいたします」と話すのは、「夢工房 清新」の代表・稲手邦彦さん。京都市を拠点に、着物や帯をガラス工芸品へリメイクする事業を展開しています。
「作品は多岐にわたり、直径10cmほどの豆皿から28cmの大皿、長皿といった食器やランチョンマットとして使えるプレート、壁掛け時計、大きいものでは衝立(ついたて)も承ります」
素材は、シルクや綿、麻、ちりめんなどシボ(凹凸)があるものもオーダー可能。ガラスと樹脂、UVシートで生地を挟み込みサンドイッチ状にした後、高熱で圧縮プレス。表面を保護して色あせを防ぎ、写実的で絵画のような絵柄を施す友禅の色も鮮やかに映えます。
「着物一点から柄の部分を切り出し、複数の小物に仕立てることもできます。留袖のように裾に広く模様がある場合は、あますことなく魅力を生かせるインテリアにするのがおすすめです。納期は小物で約1カ月、特注サイズの衝立は約2か月半要します」
大手の全国の百貨店や呉服店から引き合いがあり、顧客の年代は幅広く、特に50~80代の愛好家が中心。展示会でサンプルを見た顧客からオファーが入ることも多いとか。制作に際しては着物に型紙を当てカットする部分を確認し、オンラインでやり取りしながらデザインを決定。石川県の工房でガラス製作し、その他の必要な加工は、京都で仕上げて顧客のもとへ届けます。
「染め物を生業とする家で育ち、着物の個性を生かしたご提案ができる点が強みです。約30年の経験と職人との幅広いネットワークで、お客さまの多様なご要望に応えます」
#chapter2
かつてコンピューター業界で働いていた稲手さん。父親の死をきっかけに3代続く染め物の工房を支えるべく着物業界へ転身。卸売りに従事した後、家業に携わる兄弟や母親の支援が後ろ盾となり、1995年に独立を果たします。
「ガラス工芸品に着手したのは2017年頃です。高価で着る機会が限られていることなどを背景に加賀友禅が売れにくくなり、金沢の問屋さんから着物のガラスへの活用法を聞いて面白いと感じました。周囲のツテを通じて加工職人さんを紹介してもらいました」
当時は認知度も低く、ビジネス化に迷いを感じていた稲手さんですが、昨今は持続可能なSDGsの考え方も浸透。ものを捨てるのではなく、手入れして長く使うことが見直されています。使わなくなった着物も創意工夫を凝らして命を吹き込み、再生できることを広く知ってもらいたいと言います。
「現在は業者さんとの取引がメインですが、今後は個人のお客さまからもご依頼を受けていきます。ホームページやFacebookやInstagramで制作事例や展示作品を掲載していますので、ぜひご覧いただきたいですね」
お宮参りの初着や七五三の晴れ着など、子どもの成長の記録ガラスパネル額に収めたり、祖母が愛用していた年代ものの訪問着をプレートにしたり。鷹や兜、松竹梅といったおめでたい図柄や留袖などの吉祥文様、西陣織の繊細な刺しゅうなど、着物に描かれた華麗な世界観を額装にするがごとく表現。顧客からは「想い出が具現化して感激した」「友人にも紹介したい」といった声が寄せられるそう。
#chapter3
先人の知恵や美意識を、形を変えて次代へ引き継ぎたいと考える人は業界にも多いと語る稲手さん。共感してくれる事業者とともに、新たな取り組みにも挑戦したいと意気込みます。
「着物は1枚の布を直線で裁断して縫い合わせるので、解けば反物に戻り、仕立て直すことができます。世代を超えて継承することができ、連綿と続くものづくりの精神や、祖父母や親御さんがまとった記憶は、身につける人の気持ちを豊かにしてくれると信じています」
近年では着物をユネスコ無形文化遺産に登録する動きもあり、訪日客のあいだで「着物体験」の人気も高まっています。稲手さんは、日本独自の誇れる文化を日本人こそがもっと愛し、伝統を守ってほしいと願っています。
「着物に興味がなくても、成人式で着たり、観劇などに足を運んで目にしたりするうちに和装に魅せられ、着付けを覚える人もいます。日常で着物や工芸品に触れる時間を増やし、手仕事の素晴らしさを知れば、作り手の技術や思いを理解できるのではないでしょうか」
昔ながらの職人技は失われつつあり、二度と再現できない貴重なもの。高いお金をかけて購入した着物は、下取りではわずかな値段にしかならないケースも。稲手さんは大切な着物を未来に残す手段として、リメイクを活用してほしいと呼び掛けます。
「古いから価値がない、ということはありません。むしろ二度と目にすることができない家宝とも言える存在だと私は思います。芸術的な美しさを備えた着物を、子々孫々へ伝えていきましょう」
(取材年月:2025年9月)
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Profile
着物の技術と想いをガラス工芸で未来に紡ぐリメイクのプロ
稲手邦彦プロ
染織ガラス工芸家
夢工房 清新
着物業界の知識を持ちながら、リメイク分野を専門としている。長年の経験とリメイク職人との幅広いネットワークで、顧客に幅広い提案が可能。生活情報誌の伝統工芸特集への掲載や、ラジオやテレビの出演も。
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