発達特性に寄り添い子どもの心を育てるピアノ講師金子尚子

発達特性に寄り添い子どもの心を育てるピアノ講師

金子尚子

ユニバーサル楽譜「フィギャーノート」を活用し、読譜ができなくてもピアノ演奏が楽しめるようサポート

　東京都東村山市のピアノ教室「ベルミュージックスクール」には、現在約80名の生徒が在籍。そのうち約7割が発達障害のある子どもや、いわゆるグレーゾーンと呼ばれる特性のある子どもたちです。

　「発語がなくコミュニケーションが難しい子、他の教室で断られた経験を抱える子まで、多様な背景を持つ子どもたちが通っています。みんな個性に溢れていますよ」

　そう朗らかに語るのは、代表の金子尚子さん。チャイルドカウンセラーをはじめとした専門資格を有し、これまで300人以上の児童にピアノの楽しさを伝えてきました。また、発達障害のある子どもに寄り添うピアノ指導メソッド「でこぼこぴあの®」の考案者でもあります。

　現在は月3回の定期コースに加え、障害のある子どもが自分のペースで通える単発レッスンも実施。一般的な発達段階にある子ども向けのピアノやリトミックのコースもあり、1歳半からシニアまで幅広く受け入れます。

　読譜が難しい生徒のレッスンでは、音を色で視覚化したフィンランド発祥のユニバーサル楽譜「フィギャーノート」を活用。鍵盤シートと併用することで視線の移動を最小限に抑えることができ、読譜が苦手な方や記憶に不安のある方でも、ピアノ演奏ができるようサポートします。

　「レッスン内容は当日の子どもの様子を見て決めます。気分がのらず教室に入らない子、落ち着かずクルクル回っている子など、いろんな子がいますが、その日できることを一緒に積み上げていきます」

　例えば、イライラしている子には即興で“怒りのメロディ”を奏で、「今はこんな気分かな？」とユーモアたっぷりに寄り添うことも。音楽への興味を育てながら、「今日も楽しかった」という満足感を持ち帰ってもらうのが金子さん流です。

転機となった自閉症児クラスのピアノ指導。愛ある指導を求め、遠方から通う生徒も

　「私は学校が好きな子どもではありませんでした」と幼少期を振り返る金子さん。心の支えになったのが音楽で、中学・高校は吹奏楽部と地域の青少年吹奏楽団に打ち込みました。音楽大学のピアノ学科に進学し、卒業後は大手音楽教室のピアノ講師としてのキャリアをスタート。以降3人の子どもを育てながら講師業に携わり続けてきました。
　転機となったのは、小学校でのピアノ指導でした。

　「担当校に自閉症児クラスがあり、裏表のない素直な反応を見せてくれる子どもたちがとてもかわいく感じられたのです。当初は通常クラスだけを指導予定でしたが、こちらから申し出て自閉症児クラスも任せてもらうことにしました」

　その後、「ベルミュージックスクール」を開設。発達に特性のある子どもたちへの理解の深さが評判となり、問い合わせが増加。金子さんの指導を求め、遠方からやって来る児童も少なくありません。

　「小学校1年生から高校生の現在まで通ってくれている重度自閉症の生徒さんがいます。発語がなく、知能は2〜3歳相当。長年1本指で演奏をしていましたが、ある日突然、5本指での演奏ができるようになったんです。これまで積み重ねた経験が、頭の中でつながったのでしょう。親御さんも本当に喜ばれていて、歩みはゆっくりかもしれませんが、必ず実を結ぶと強く感じた出来事でした」

指導に悩むピアノ講師の育成にも尽力。「自分のノウハウが助けになれば」

　イスに座っていられない子、衝動のままに楽器や物を触ってしまう子――今日も教室には個性的な子どもたちが集まります。難しさもある一方で、「もう帰るの？」「まだここにいたい」と名残惜しさを示す子どもたちの姿に、金子さんは深い愛情を注ぎます。それは保護者に対しても変わりません。

　「学校の先生から指摘を受けてばかりで、『自分はダメな親だ』と自信を喪失している親御さんもいますが、決してそんなことはありません。だって“子どものために”と当教室を見つけてくださること自体が大きな愛ではないでしょうか。いつも気を張り詰めている親御さんが、当教室にいる間だけは安心してお子さんを任せられる場でありたいですね」

　今後の展望としては、フィギャーノートのさらなる認知拡大に取り組んでいく方針です。子どもだけでなく、高齢者へのピアノ指導にも適しており、超高齢社会の日本において幅広い活用が期待されます。さらに自身の指導ノウハウを伝え、広めることにも力を注いでいます。

　「発達障害のある子どもを前に、どう接すればいいか悩んでいるピアノ指導者は大勢います。そこで、地元の楽器店と連携して無料セミナーを開催することになりました。特性への理解や接し方のポイントなどを伝えることで、ピアノ指導者だけでなく、親御さんや学校関係者にも何らかのヒントを届けたいですね」

　子ども、保護者、そして指導者すべてに「諦めないで」というメッセージを伝え続ける金子さん。これからも音楽を通して、誰もが自己肯定感と安心感を育める場所づくりを続けています。

（取材年月：2025年7月）

生徒の7割が特性のある子どもたち。東村山の個性派ピアノ教室

ユニバーサル楽譜「フィギャーノート」を活用し、読譜ができなくてもピアノ演奏が楽しめるようサポート

転機となった自閉症児クラスのピアノ指導。愛ある指導を求め、遠方から通う生徒も

指導に悩むピアノ講師の育成にも尽力。「自分のノウハウが助けになれば」

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