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漆喰を用いて造形する鏝絵師。立体的で躍動感に満ち、迫力あふれる鏝絵を創作

伝統を昇華し新たな鏝絵の地平を切り開くプロ

後藤五郎

後藤五郎 ごとうごろう

#chapter1

龍や鳳凰など多様な絵柄を施し、神社仏閣や文化財、ホテル、施設などへ納入

 大分市の「漆喰アート仁五」の後藤五郎さんは、鏝絵(こてえ)と呼ばれる漆喰を使って造形する浮き彫り細工の職人です。

 鏝絵は江戸時代後期に誕生し、邸宅や蔵といった土蔵造りの外壁や扉、戸袋を彩るように。長寿を象徴する「鶴と亀」、立身出世を表す「鯉の滝登り」、富や宝をもたらす「打ち出の小槌」など、縁起ものの絵柄が施されていました。かつては全国に数多くの職人がいましたが、徐々にその数は少なくなっています。後藤さんは希少な鏝絵の技法を継承しつつ、技巧を凝らし、独自の世界観へと昇華させています。

 「私の作風の特徴は立体感です。龍であれ鳳凰であれ、躍動感にあふれ迫力を生み出すことを心掛けています」

 これまで、日本全国の神社仏閣や文化財、公共施設、ホテル、商業施設、個人宅など、さまざまな場所に作品を納入してきました。制作に一切の妥協がない分、一つの作品を仕上げるまでに要する期間は、大きさにもよりますが平均して3~4カ月。過去には2年かけて作り上げたものもあるそう。

 漆喰を塗って模様を描くシンプルな工程ではありますが、「だからこそ奥深い」と熱を込める後藤さん。時には塗るための鏝を自作することもあると言います。

 「過去には、伝統を守ることと自分の色を出すことの間で悩んだ時期もあります。しかし、あるとき雑誌を読んでいたら、老舗の和菓子屋の店主が、『伝統文化を守ることは衰退である。常に技術革新をしていかなければならない』と述べているのを読んで、得心がいきました。鏝絵も同じです。私も、常に新しい挑戦を続けるつもりです」

#chapter2

生死をさまよう事故からの回復を機に「生きた証」として鏝絵の制作へ

 後藤さんは1948年に大分市で生まれました。中学校卒業後に左官職人の道へ進み、6年の下積みを経て22歳で独立を果たします。

 「順調に見えるかもしれませんが、決してそんなことはありません。修行は厳しいものでしたし、独立してからは約束を反故にされた日も一度や二度ではありません。当時の職人は一匹おおかみのような人が多く、人付き合いも苦労しました」

 地道に職務に励む中、鏝絵と出合ったのは20代半ばの頃。地元・豊後の鏝絵師がいなくなり、脈々と息づいていた技がすたれてしまったと聞き及び、余暇に鏝絵を制作するようになります。

 鏝絵師として活動を始めたのは42歳のとき。きっかけは、趣味で乗っていた軽量飛行機の事故でした。

 「フライト中のエンジントラブルによって墜落してしまったのです。幸いにも同乗者は軽傷で済みましたが、私は生死をさまよう大けがを負ってしまいました。奇跡的に回復を遂げてからは、『生きた証を残したい』という気持ちが強くなりました。若い頃から、達成感を得られる仕事がしたいと考えていたこともあり、私にとっては鏝絵だと思い至ったのです」

 左官業を続けながら創作に取り組みますが、50歳の頃に会社が倒産。借金を背負っても、鏝を置かずに作品を作り続けます。

 「『ここでやめたらただの負け犬だ。絶対にやめないぞ』と自分に言い聞かせました。自らを鼓舞した結果、地元のメディアにも取り上げられて少しずつ知名度が上がり、依頼が舞い込むようになりました」

#chapter3

日本の伝統技術を世界に広め、左官の魅力を発信。次世代へ鏝絵を継承

 取り合わせが良いたとえとして知られる「もみじと鹿」、邪気を払い災いから守る「風神・雷神」など、数々の作品を手掛けてきた後藤さん。意欲は旺盛で、作りたい作品がたくさんあると語ります。

 「お釈迦さまが生まれたとき、9匹の龍が現れて天の恵みである“甘露の雨”を降らせたという伝説があります。万物を潤すありがたい場面を、ぜひ描いてみたいですね」

 日本の伝統技術を世界に広めたいという思いもあり、左官の魅力を発信していきたいと情熱をたぎらせます。以前、海外で個展を開く話が持ち上がりましたが、うまく進まず。機会があれば、もう一度チャレンジするつもりです。

 「鏝絵の認知度が上がれば、豊かな創造性や表現の可能性に触れることができ、左官に興味を持つ若い人たちの目標にもなるでしょう。左官を志す人が減っていますから、未来に明るい希望を持ってもらいたいのです」

 70代後半を迎えた後藤さんには、頼もしい後継者がいます。三男の潤也さんで、2020年から現場を手伝い始め、自らも制作活動に乗り出しました。

 「兄2人は継ぎませんでしたが、父の技術を途絶えさせたくなかったのです。私は兄弟の中で父の作品づくりを一番長く見ていたので適任でしょう」

 家業に入った潤也さんに、後藤さんも期待を寄せていますが、素直にはそれを伝えません。「技術には不満だらけですよ。手取り足取り教えてほしいと頼まれますが、私は『見て覚えろ』のタイプなので、よくケンカもします」と笑います。

(取材年月:2025年3月)

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後藤五郎

伝統を昇華し新たな鏝絵の地平を切り開くプロ

後藤五郎プロ

鏝絵師

漆喰アート仁五株式会社

江戸時代後期に誕生した、漆喰で模様を描く「鏝絵」の職人として30年以上活動。鏝絵の伝統を継承しながらも、立体感と迫力のある作品作りに挑み、鏝絵の新地平を開く。

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