幻の和牛「葉山牛」を専門に取り扱う料理人
高堀篤
Mybestpro Interview
幻の和牛「葉山牛」を専門に取り扱う料理人
高堀篤
#chapter1
神社仏閣が点在する鎌倉市二階堂。「鎌倉の守護神」として鎮座する鶴岡八幡宮から歩いて10分ほどの、緑に囲まれた一角に葉山牛専門レストラン「奥鎌倉 北條」があります。築約90年の古民家を活用した店舗は古き良きたたずまい。邸宅の庭にはしだれ桜やもみじなどが色づき、四季折々の風情や野鳥のさえずりをめでながら食事を楽しむことができます。
「葉山牛はやさしい甘みと濃厚な味わいが特徴で、他のブランド牛と比べ肉そのものの味が濃いと言われるお客さまも多いですね。手のひらで溶けるほど脂の融点が低く、口に入れた瞬間にふわっとうま味が広がり、後味はさっぱり。唯一無二の個性を気に入り、毎年欠かさず海外から来てくださる方もいらっしゃいます」
そう話すのは、オーナーシェフの高堀篤さん。葉山牛は三浦半島で生産される黒毛和牛で、年間の出荷頭数はわずか160〜200頭ほど。地元消費でほぼ姿を消してしまうため、知る人ぞ知る存在でした。限られた生産者と取引先だけで成り立つ「幻の和牛」は、数々の人の舌をうならせています。
趣向を凝らした逸品は目にも美しく、大使館から来賓に振る舞いたいと問い合わせが入ったり、海外出店を請われたりすることもあるそうです。
「当店では、コクが深いシチューやジューシーなハンバーグなどを提供しています。コースは小鉢やサラダ、スープ付きで、使用している鎌倉野菜は色鮮やかで味が濃く、葉山牛との相性も抜群です。ランチ、ディナーともに2部制で、昼は各8名、夜は各1組限定の完全予約制。静かな空間で、ゆるりとした時間をお過ごしください」
#chapter2
和食・洋食の分野で経験を積み、都内で飲食店を経営していた高堀さん。転機となったのは、妻の実家近くで生産される葉山牛との出会いです。バーベキューの席で初めて口にすると、上品でとろけるような食味に心を奪われます。
「すぐに仕入れを申し出るものの、組合員だけに販売しているとのことで一度は断念しましたが、独特の味わいが忘れられず。意を決して都内の店を閉め、2017年3月、鎌倉にレストランをオープンしました」
優れた肉質と脂質をかなえる背景には、生産者の徹底した飼育方針があります。葉山牛は病原菌を防ぐ抗生物質や成長を促進するホルモン剤を投与せず、穀類など人間も食せるレベルの安全な飼料を用いています。手間を惜しまずに育てることで、雑みのない澄んだ味と、くどさのない脂の口溶けを生み出しています。
「現在、葉山牛を飼育している農家はほんの数件。労働時間や収入も安定しにくいと、若手人材がなかなか増えないのが現状です。このままでは生産頭数が減る一方で、最悪の場合は消滅してしまうかもしれないと危機感を覚えました」
高堀さんは、希少な食材を守るため料理人としてできることを考え、メニューや商品開発を進めます。
「飲食店が葉山牛を扱えば、農家さんの収入が増える。牛舎に利益があれば人を雇うことができ、生産頭数も増加するでしょう。葉山牛を流通させ、酪農家を支える循環をつくりたい一心で、通販サイトのほか道の駅や百貨店でも加工品を展開し、少しずつ販路を広げています」
#chapter3
看板メニューのシチューは約10時間かけて煮込みます。あるタイミングで硬くなり、次第に柔らかく、しかし煮すぎれば再び硬くなるのが葉山牛だと言います。
「繊細で、加熱の見極めが難しいため5分おきに柔らかさを確認し、モモやウデ、スネといった部位それぞれに適した火入れを探りながら、絶妙な瞬間を逃さず火を止めます。料理はおなかを満たすだけでなく、人生の記憶として残るもの。この一食が誰かの心に刻まれると思えば、手を抜くことはできません」
丹念に仕上げる高堀さんの姿勢に呼応するように、一口一口に感じ入り「これが、お父さんが言っていた味だ」と涙を流す来客もいたとか。
「以前ご夫婦でいらしたご婦人で、旦那さまを亡くされた後、お嬢さまと2人で来店されました。旦那さまはビーフシチューが好物。有名店を食べ歩く中、当店を気に入ってくださったそうです。ご病気されてからも『もう一度食べたい』とお話しされたそうで、『お父さんがあんなに行きたがっていたから』と遠方から足を運んでくださったことに、胸がいっぱいになりました」
一皿一皿に丹精を込め、家族の歴史や思い出を紡ぐ高堀さん。葉山牛の魅力をあますことなく伝え、生産者と顧客をつなぐことが自分の役割だと語ります。
「手塩にかけて育てる農家さんの労に報い、貴重な食材を未来に残したいと考えています。遠路はるばる時間とお金をかけて来てくださるお客さま、生産者の方々の期待に応えるため、毎日が真剣勝負です」
(取材年月:2025年7月)
リンクをコピーしました
Profile
幻の和牛「葉山牛」を専門に取り扱う料理人
高堀篤プロ
葉山牛専門レストラン
合同会社北條
年間200頭しか出荷されない希少な葉山牛の魅力が堪能できる、鎌倉の古民家レストラン。レストランでの提供と加工食品販売を通じて生産者と食べる人をつなぎ、食文化を未来へ継承します。
\ 詳しいプロフィールやコラムをチェック /