宮澤孝全プロのご紹介
薬局メイドの薬「薬局製剤」も用意、地域に根差して笑顔を届ける“街の保健室”(2/3)
「薬の専門家として、人々の近くでサービスを提供したい」と、慣れ親しんだ町に開業
中学生時代にバブル経済の崩壊を経験した宮澤さんは、将来に危機感を覚え「専門技術を身に付けたい」と薬剤師を志します。
「薬学部を卒業後、約20年間、いくつかの調剤薬局に勤務しました。薬剤師といえども組織の一員。企業として収益を追求するのは当然のことで、一般企業と同様に薬価差益を上げる努力や作業効率も重要視されました。ビジネスパーソンとしての心得も身に付けなければなりません」
やがて管理薬剤師やエリアマネージャーとして責任のある立場になり、本社での会議への参加や書類作業が増えるにつれ「医療と全く関係のない場所に追いやられているようだ」ともどかしさを覚えるようになった宮澤さん。
「もっと人に近く、薬の専門家としてのサービスを提供したい」との思いを年々募らせていきました。
宮澤さんの家族は二代にわたって精米店を経営していましたが、父が店を閉じた後、ビルの1階部分を薬局として開業することに。
慣れ親しんだ西蒲田の地に、宮澤さんが理想とする薬局サービスを目指すべく、暖簾を掲げました。
利用者は「薬局の前身の精米店時代から馴染みがある」という近隣の人から、遠方から処方箋をWEB上で提出する人などさまざま。
「長年、米屋として親しんでくれたこの地に対する感謝を“こめ薬局”という屋号に込めました。私が店頭でのびのびと会話できるのも、店先でお客さんと気さくにやりとりする家族の姿を見て育ったからでしょうか」と笑います。
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