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鈴木寛彦

心に寄り添う漢方薬のプロ

鈴木寛彦(すずきひろひこ) / 薬剤師

有限会社むつごろう薬局

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コラム

家康公の健康法 「情報の使い道が運気を呼ぶ」

2020年1月24日 公開 / 2020年9月28日更新

テーマ:漢方の研究

コラムカテゴリ:医療・病院

コラムキーワード: マインドフルネスめまい 原因自律神経失調症 治し方

本年もより一層皆様方に寄り添えるように、そして少しでも体調が良くなるようにスタッフ一同努力を致しますので引き続きよろしくお願い致します。

 さて、今回のお話は、家康公の健康法についてお話しさせて頂きます。

宋の時代からの情報収集

秘伝の漢方薬を自ら作り、飲んでいた家康公は、何を参考に漢方薬の勉強をしていたのでしょうか。それは中国、宋の時代の漢方処方集「太平(たいへい)恵(けい)民和剤局方(みんわざいきょくほう)」を参考にしていました。実際に自ら作って飲んでいた秘伝の漢方薬「八之(はちの)字(じ)」は和剤局方中に収載されている「無比山(むひさん)薬(やく)円(えん)」の処方と同じです。後に、この事を三宅意安が自分の著書「延寿和方彙函(えんじゅわほういかん)」のなかで正式に「八之字」と記しています。

情報の使い道

歴史を遡ること西暦1000年の中国。文化の花開いた大国、唐が滅び300年の乱世が続いていました。戦争が人々の生活を苦しめ亡くなる人や病気の人が町にあふれました。この世を救ったのが宋の8代皇帝「徽宗(きそう)」でした。国に救療病院を作り、漢方薬を分け与えていたのです。日本薬局方の言葉の由来はここから来たと聞いています。それだけ素晴らしい国でした。この事を、賢人、徳川家康公が見逃すはずはありません。時代背景的に日本でも同じような状況でした。応仁の乱後の乱世を政治と漢方薬で安定させたのがこの家康公でした。情報をただ自分のためだけでは無く、常に民百姓のため考えていく事にリーダーとしての質の高さを感じます。それが300年の徳川の世を築いたポイントであったかもしれませんね。余談ですが、老子は次のように言っています。
「天と地の寿命は永遠である。その理由は、自分自身のために生きようとしないからである。自分を中心にしないで、まず相手を立てると、かえって人から立てられ重きを置かれる。私ごとを捨てるとかえって自分が生かされることになる。」ということです。残念なことに現代社会では、この反対が主流となりつつあるのではないでしょうか。自分の身を引いて相手を立てるというのは、漢方の世界でもよくあるのです。

漢方薬と頭は練って使う

 漢方薬は、煎じ薬、丸剤、散剤と3つに分かれ、煎じ薬が基本なのですが、この和剤局方中の処方は80%が散剤、丸剤でできています。漢方薬を育てるのは広い場所が必要です。また、収穫も6年かかるものもあります。多くの民を救うにはなるべく少量でよく効く漢方を作らなければなりません。丸剤や散剤は煎じ薬に比べて10分の1の量で済みますから結果多くの民を助ける事につながります。数ある漢方医学書の中で、倹約家の家康公が和剤局方を選んだ理由がここにあります。

皆さんいかがでしたでしょうか。漢方研究家、徳川家康公が考えている奥深さには尊敬の念を感じ得ません。だからと言って家康公は気取る事なく、プライド高くもありません。自然体を常として、自分の失敗も隠さずに「徳川実紀」に書いているのです。歴史で言われている家康像とは違い、カリスマ的ではなく常に民と寄り添う将軍であったと想像します。

 今年は、令和2年、東京オリンピックがあります。どんな年になるのでしょうか。そして皆さんはどのような目標を立てられましたでしょうか。私は、居合道で3段をとる事と家康公を見習い、常に自然体でいる事を目標にしています。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

薬剤師 東邦大学客員講師 鈴木寛彦

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