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杉村喜美雄

昭和初期の家・再生リフォームのプロ

杉村喜美雄(すぎむらきみお)

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コラム

端島 「軍艦島」の一瞬をアイフォンが残す

大切なものを残す

2017年2月3日

長崎訪問の続きです。昭和の歴史が詰まる炭鉱の島、端島。世界遺産登録で訪れる人も増えています。

「1年後はこの姿はないかもしれません」その言葉に導かれ長崎の坂めぐりの前日、午後のクルーズに予約し端島、通称軍艦島に寄りました。風は冷たかったのですが晴天に恵まれさわやか。帰りの船では沈む夕日を背中に受け、その夕日をバックに浮かぶ島形が印象的でした。




「軍艦島」。石炭鉱山の開発による、鉱夫の増員とその住環境整備が島の姿を「軍艦とみまがう」と報道されるまでに変えていったようです。ここから採掘された石炭の多くは博多製鉄所に運ばれていったとのこと。静岡にいると石炭鉱山を見ることはありませんが、昭和の石炭の歴史は戦争と重工業産業の歴史で、軍艦島はそれを肌で感じる場所だと思いました。

たくさんの人が住んでいたころの写真としてWebにあります。

やがて燃料の石油化が石炭の採掘を断念させ閉山、無人の島になり当時の技術が詰まったコンクリートの建造物も潮風の中で耐力を失っています。そして今、その姿の維持は日々難しくなっています。


「1年後はこの姿はないかもしれません」





確かに、いつ崩壊してもおかしくない。1年後ひょっとしたら明日。大しけの翌朝、日本で初めての鉄筋コンクリートの高層住宅はその形を変えているかもしれない。コンクリートの覆いが欠け、さび付き、むき出しとなった鉄筋が風雨にさらされています。ひょっとしたら海に囲まれた島でなかったらもっと長く維持できたかも知れない。でも、一方、島だから放っておくことが出来たので今があるとも言えます。

しばらく見ていると不思議な安堵感もわいてきました。人の手によらず自然に任せて最後を迎えようとする様がそのような気持ちにさせるのでしょうか。無人となって約40年、端島、軍艦島は訪れる人に様々な思いを抱かせます。





「あの階段を上って多くの鉱夫が海底奥深く向かっていったんですよ」

貴重な歴史の一瞬をとアイフォンのシャッターを押しました。日本の産業遺産がスマートフォンで手軽に撮影されます。そして数えることのできないきれいな歴史画像となり残されていきます。やがて、そのスマートフォンも平成のSNSの遺産となっていくのでしょうけど。

保存活動がようやく始まったようです。どこまで保存されるかは分かりませんが、島を訪れた人のおのおのの保存活動としてカメラへ記録そして発信する日々は続いていきます。





つい最近まで過去のものかと思った石炭、発電エネルギー源そして、CO2の発生源として復活?。家づくりで家庭の省エネを考える時、しばらく軍艦島を思い出しそうです。


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