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澤根慎児

働く人と関わる全ての人を応援するカウンセラー

澤根慎児(さわねしんじ)

ヒトらぼ

コラム

心を亡くさないこと、役割ではなく在り方

社会の中で生きること、当たり前の日常でもあります。それぞれが、それぞれの立場や役割、関係性の中で日々を過ごしているわけですが、生きることと、役割というものがずれていってしまうことがあるように感じます。

そもそも役割というものは、社会の中でその人が求められている立場ということができると思いますが、その輪郭は、周囲の期待やその人が常識と感じていること、そして自分の思いなどから形作られていると言えます。

そこには、その人が認識している現実の世界と、その人が大切と感じている心、気持ちの世界の双方が存在しています。

私自身も、カウンセラーと言われる役割を仕事として行いながら、カウンセラーという輪郭を作っている、あるいはその途中にいる存在でもあります。この輪郭は、学びの中で教えてもらうこと、気づくこともあるのですが、周囲からの期待や思い、常識なども微妙に関係していきます。これは、他のどのような役割であっても似たような条件なのかもしれません。

この役割は、周囲の期待大きいほど、あるいは、求められる結果が大きいほど、その存在を大きく変えていきます。仕事がうまくいけば嬉しいでしょうし、もっともっとという欲も出てくるでしょう。それは得られる結果に対して。もっと効率的に、もっと効果的にという発想に繋がっていきます。また、いい結果が得られることで、自分自身の思いを歪めてしまったり、手放してしまったりすることがあるようで、本人はそれが変化、成長と、合理化していることも多いようです。

忙しい、という漢字は、心を亡くす、と書きます。仕事や日常が忙しくて心を亡くすようなイメージがありますが、私は結果を求めていくことが実は忙しさを生んでいるのではと感じています。それは、仕事の結果を求めることが悪ではなく、心、気持ちの存在よりも、結果を優先してしまうことがポイントだと感じています。

心や気持ちの存在を忘れないで、結果を求めていくことには、気持ちと論理と双方の工夫が必要で、これはある意味、最上の結果とは異なり、ある意味、バランスのいい結果です。ところが最上の結果を得ようとすると何かを亡くさなくてはならず、それが心だと思うのです。

私たちは、理屈や目的思考だけではなく、快不快を含めた感覚や喜怒哀楽などの心をもって生きています。その存在を亡くしてしまうことは、心や気持ちの豊かさ、広がりを放棄してしまうことにも感じます。

生きるために仕事や役割は大切なものです。それを蔑ろにすることはできません。それでも、人は心がある、忙しさを理由に失うべきものではないと思うのです。

ある時期に、「カウンセラーはその時にどういう立場でいればいいのですか?」と問われたことがあります。その時、考えることなく、自然に「カウンセラーというのは、役割もあるかもしれませんが、その人の在り方だと思いますよ。」という言葉がでてきました。そういった思いがいつの間にか出来ていたのかもしれません。それでも、私はこの「在り方」という言葉は大切だと思うのです。

そこには、その人の存在、心と役割とを含めたすべてが含まれるように思うからです。自分と在り方と目の前の人の在り方、それを真剣に認めあえる場所が、カウンセリングの場なのかもしれません。

皆さんは、心を亡くしていませんか?そして、どんな在り方で、生きていますか?

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澤根慎児

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