まちの専門家をさがせるWebガイド マイベストプロ埼玉
澤根慎児

働く人と関わる全ての人を応援するカウンセラー

澤根慎児(さわねしんじ)

ヒトらぼ

コラム

寄り添う、そこにいる、共有する

カウンセリングの実際

2018年6月4日 / 2018年6月10日更新

人を支援するという立場のカウンセラーであっても、教育を受けている以上、いい意味でも悪い意味でも、指導者のバイアスをいうものを受けてしまうことがあり、そういう部分に気づく機会はとても重要になります。様々な療法や技法が存在し、書籍やインターネットでも手軽に調べることができる現代では、知識が先に入ってくることで起きてしまう事も否めません。

ところが実際には、目の前にいるその人の存在は、知識で整理できるものではありませんし、ましてや、療法や技法の枠の中に押し込めて行く物でもありません。しかし、実際には、知識や技法を知る、ということは、そんなリスクも孕んでいることになります。

私個人として思うのは、療法しても技法にしても、その背景にある理論を知ることは、自分の見立て、考えの間違えに気づくためのものだと考えています。カウンセラーでなくとも、人を支えようと思う人は、その人の経験や生き様を元に、相手を理解しようとすることになります。ただ、忘れてはいけないのは、相手の存在を理解するためには自分を超えた世界が必要になるわけです。なぜなら、お互いの経験が違うからであり、それは年齢に依存するものでもありません。

相手を理解する、ということはとても難しい作業になります。自分の世界観での解釈、想像、実際の感覚とのズレ、その関係性を俯瞰できる感覚など、様々な要素が必要になります。そしてこの理解するというアプローチを、知識や経験が邪魔をしてしまうことがあることも事実です。

例えば、カウンセラーの人は多かれ少なかれ「答えはその人の中にある」ということは考えていますし、結果として間違いとは言えないと思います。ただ、これはあくまでもそうなった状態になることができる、ということであるために、その過程のどこにいるのか、を漠然とでも把握しないと、「あなたは何をしたいの?」という強烈な凶器を相手に向けることになりますし、答えられない人を、まだ幼い、成長していない、など見下すことになりかねません。

寄り添う、そこにいる、共有する、という感覚は、相手の状態を理解しようと努力し、その過程を見つめ、場を同じように共有する、こと、そしてそれを支えるのは、時期を待ち続けられる耐力ではないかと考えています。

「答えはその人の中にある」ということは、その人が見つけていくことを信頼すること、そして、その過程を一緒に歩く自分を信頼すること。そこが出発点になり、そこから紆余曲折の中を誠実にいることができるか、ということを問われることになると思うのです。

仲間のカウンセラーのケースを検討している中で、その誠実さに心が動き、久しぶりにこの感覚を思い出したように思います。今は、解決志向の社会で、原因と結果、対策の因果論的な思考優位の世の中になっています。

だからこそ、人の心のリズム、その人のリズム、自然のリズム、を信頼していくことが必要だと、そんな場を提供できる存在でありたいと思います。


この記事を書いたプロ

澤根慎児

澤根慎児(さわねしんじ)

澤根慎児プロのその他のコンテンツ

Share

澤根慎児のソーシャルメディア

facebook
Facebook