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澤根慎児

働く人と関わる全ての人を応援するカウンセラー

澤根慎児(さわねしんじ)

ヒトらぼ

コラム

踏み出すための絶縁、踏み出すための理解

家族の不思議な関係

2018年6月2日

家族、特に親子関係というものは、お互いに影響を与え、受け合うために、様々な出来事が起きます。当事者には、それぞれの生き様、誇り、意思があるために、善し悪しを判断することはできませんが、子供側が大きな影響を受けていることが多いため、その関係の難しさを実感することが多くあります。

家族関係は好きでも嫌いでも離れられない、それが家族である特徴であり、その感覚は、親に起きることも、子供に起きることもあります。親の場合は、社会的立場、子供の場合は保護される立場、という役割の影響もあり、その感覚を表立ってぶつけ合わないケースもあります。逆に、ぶつけ合うケースでは、様々な問題が表出してきます。

一方で、表出しなかった部分は、子供が成長する中で、様々な形に変化していきます。その思いを原動力に、自分のやりたいことに向かっていくパワーとして使う方、あるいは、自分の勧めない理由として使う方、そして表向きは何事もなく一生懸命に生きているように見える方など様々です。

そのどれも、善し悪しの判断をできるものではなく、それぞれの人生の中の今の時点の選択ということになります。

そんな中、ある時期にきて、どうしてもその問題が噴出してしまうことがあります。それは、就職を機に出ることもあれば、結婚を機にでることもある、あるいは、人生の後半に入ってから現れることもあります。その現れ方は、職場での問題が大きくなり、いろいろな影響が出る中で、親子の問題に辿り付くケースもありますし、あるいは、人生の後半にさしかかり、どうしてもケリをつけるために絶縁を選ぶようなケースもあります。

前者にしても後者にしても、形を変えた攻撃的な部分とも言えます。自分が一歩、新しい一歩を踏み出すために、絶縁のような大鉈をふるうことが必要だった、ということとも言えます。一方で、こういった大きな決断は、行動化せずに心の中で解決するようなこともあります。それは夢の中で、あるいは、なにかしら象徴的な出来事(親の病気など)がきっかけにあるようです。

前例のような絶縁をするような場合は、相手にも大きな影響を与える分、本人の中でも、後戻りできないという強い意志になります。絶縁をしなくてはいけないほどの思い、そして相手にも、自覚の有無はわからなくとも、何かしらの事情があった、と考えることはできます。

そう考えたときに、今は絶縁という大鉈が必要だったとしても、いつかまた、理解し合うこと、認め合うことでそれぞれの一歩を踏み出す機会が来て欲しいと思うのです。

そこには、相手を理解すると同時に、相手を認めるという、とても単純で難しい階段があります。ただ、それによって、相手に求め続けない、そのままを認める関係が出来るように思うのです。そして、理解しあう、認め合うということは、多くの人間関係の中の基本になるべきことだと思うのです。


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