社労士(社会保険労務士)として開業するとき、ほかの開業社労士との違いをいかに打ち出すかというのはとても重要なポイントです。ほかの社労士たちと比べてアピールできる特徴がある人は注目度が上がり、依頼が増える可能性が高まるからです。

同業者の中から選んでもらうためには、何かしらの専門分野に特化すること大切です。しかし、社労士というのはもともと国家資格を持った専門家です。専門家がさらに専門性を高めるとは、どういうことなのでしょうか? 開業社労士にとって大切な差別化戦略のポイントを、この記事で学んでいきましょう。

社労士の仕事(申請書類作成、コンサルティングなど)

会社経営に必要な「ヒト・モノ・カネ」の三本柱のうち「ヒト」を専門に扱っているのが社労士です。実際に携わる業務範囲は広く、その内容によって1号、2号、3号と分けられています。差別化戦略を立てる前に、まずは社労士の業務内容を確認しておきましょう。

1号業務(申請書や届出書作成)

1号業務とは、申請書・届出書などの書類作成や提出をはじめとした手続き代行の業務を指します。また、申請した書類などについて行政から調査や処分を受けたときは、事業主の代理人となって主張や陳述をする業務もあります。

会社を経営するうえで、社会保険や厚生年金など煩雑な手続きを行わなければいけない場面は多くあります。1号業務は、そういった事柄のサポートと言えるでしょう。このような業務を社内で行う場合には、特に資格を持たない社員が行うことも可能です。しかし、社外に委託する場合は、社労士の資格を持った者でなければなりません。1号業務は独占業務のため、有資格者でなければ行うことができないからです。

社労士の仕事と言うと、この1号業務のイメージが強い人も多いのではないでしょうか。これらの知識は社労士には必須ですが、逆に言うと知識さえあればこなすことができる業務でもあり、ほかの社労士との差別化につなげるのは難しい分野です。

そのため1号業務は価格競争になりやすい側面があり、差別化戦略の一環として利用するのは難しいと言えます。依頼する企業の立場で考えると、同じ資格を持つ専門家が手続きしてくれるのであれば、できるだけ安いところにお願いしたいと考えるのは自然なことです。

2号業務(帳簿書類作成)

2号業務とは、帳簿書類作成などの業務を指します。会社は労働保険や社会保険に関する諸法令に基づいて、就業規則や就業者名簿、賃金台帳などの帳簿を備え付けることが義務付けられています。このような帳簿の作成には専門的な知識が必要となるので、社労士の業務のひとつとされているのです。

2号業務も社労士の独占業務に位置付けられ、資格のない外部の人間が報酬を得て行うことはできません。

コスト削減のために社労士には依頼せずに社内の人材が担っている会社もあり、1号業務と同様に価格競争になりやすい業務です。1号・2号業務は「事務代理業務」とも言われています。

3号業務(コンサルティング)

3号業務とは、労務管理やその他の労働に関する事項、および労働社会保険諸法令に基づく社会保険に関する事項について、クライアントの相談に乗ったり指導をしたりする業務です。

「コンサルティング業務」として捉えられていて、具体的には、就業規則や人事制度、賃金規定など、会社の労働者に関わる幅広い内容のコンサルティングが含まれます。働き方改革の影響もあり、最近では労働時間の短縮に関する相談や指導のニーズも増えています。

知識と慣れが重要となる1号・2号業務とは少し異なり、3号業務であるコンサルティングでは経験がものを言います。

コンサルティングにより、企業にどのように貢献できるかという独自性につながるため、社労士にとって3号業務のスキルは非常に重要なものなのです。そのため、ほかの社労士との差別化を図るには、3号業務で違いをアピールする必要があります。

ただし、1号・2号業務と違い、3号業務は社労士の独占業務ではありません。社労士の資格がなくても携わることができるため、競合は多くなってしまいます。

しかし、提案した内容に沿って規則作成や実際の手続きをすることができるのは有資格者だけなので、相談者にとって、労務管理に関するコンサルティングは社労士に依頼するメリットが大きいと言えるでしょう。

そのため開業した社労士は、3号業務で差別化戦略を立てつつ、1号・2号業務をうまく組み合わせてアピールするのがポイントです。

専門テーマ、業務、業界に特化する展開方法

社労士として開業して順調に仕事を進めていくためのポイントは、得意分野をつくることです。

労働、社会保険に関する専門知識を持つ社労士ですが、資格を持っているからといって、全員が同じレベルで業務をこなせるわけではありません。人によって得手不得手もあるでしょう。

競合と差別化するためには、具体的にどのような戦略を立てればいいのかを見ていきましょう。

業務特化型?業界特化型?

開業社労士として自らの強みを打ち出す方法は、主に2種類あります。「業務」特化型と「業界」特化型です。

業務特化型とは、社労士の専門分野の中で特に得意としている業務を持つことです。得意業務をアピールすることで差別化することができます。

例えば、「就業規則に強い」「賃金制度について詳しい」「年金制度の知識が豊富」など、それぞれに得意な分野があるはずです。そのような得意分野を前面に出すことで、その悩みを抱える相談者からの依頼につなげます。

業界特化型とは、業務ではなく業界に特化しアピールする方法です。業界ごとに慣例や必要となる前提知識は異なります。特定の業界に特化して専門性を高め、ターゲット層を絞るのです。

依頼者の中には、「医療福祉業界に精通した社労士でないと不安」「飲食業界向けの助成制度をよく知る社労士に相談したい」といったニーズがあるかもしれません。そんなとき、その業界を専門とうたう社労士は信頼を得やすく、相談につながりやすいのです。

現在のマーケットで成長している業界をリサーチしたり、ほかの社労士がターゲットとしていない業界を探したりして、自身が特化する業界を選ぶとよいでしょう。また、以前実際に働いていたなど、すでに知識を持っている業界があれば、そこをターゲットにするのも効率的な方法です。

社労士としての自分をマーケットの中で上手にポジショニング(自社・自身の立ち位置を明確にすること)することで、ほかの社労士との差別化につながります。

ただし、特定の業務や業界を強みとする場合でも、社労士としての一般的な知識を押さえて経験を積んでおくのは大切です。なぜなら、「強み」というのはあくまでプラスアルファのものだからです。

相談者は、ある業務や業界に特化した社労士に依頼をする場合でも、社労士として一般的な知識や経験を有しているのが当然であると思っています。

強みを打ち出して差別化するのは重要ですが、前提として、専門家としての最低限の知識や経験は身に付けておきましょう。

社労士の専門性

業務特化型として差別化戦略を立てる場合にまず検討したいのが、「年金に関する業務」、あるいは「労働に関する業務」に特化するかということです。

大まかに考えると、社労士の専門性はまずこの2つに分けることができるからです。
年金に特化するのであれば、顧客のメインターゲットは個人になります。そして、年金制度に関わるアドバイスを行ったり手続きを代行したりする業務が中心となるでしょう。

労働に特化するのであれば、企業がメインターゲットです。この場合は、就業規則や人事制度などの労務分野を業務の中心に据えるか、あるいは雇用保険や労災保険などの社会保険分野を業務の中心に据えるかで、さらに専門分野を絞ることができます。

ただし、実際に引き受ける業務を1つの分野に絞ってしまう必要はありません。相談者にとって「専門性」は安心材料のひとつですが、顧問契約した社労士に幅広く相談に乗ってもらえるというのもまた、メリットとなります。

依頼者の希望に応じて柔軟に対応することを前提として、「集客するときに特に何をアピールするか」ということを定めることが大切なのです。

季節性業務で差別化する(労働保険更新、退職手続きなど)

安定的に仕事をするためには、業務や業界に特化することに加えて、季節性に対応することもポイントとなります。

多くの仕事に繁忙期があるように、社労士にも忙しくなる時期があり、行う業務によってその時期は変わってきます。 社労士としての複数の強みをバランスよくアピールして、1年を通して仕事が入りやすいようにしておくのも大切です。

社労士の繁忙期は、6月から7月にかけてです。なぜなら、労働保険の年度更新の期限と、社会保険の算定基礎届の期限がどちらも7月10日と決まっているからです。

手間のかかる2つの手続きの期限が重なるので、この時期は社労士にとっては非常に忙しくなるでしょう。つまり、労働保険や社会保険の手続きに関して強みをアピールしておけば、この時期に仕事がなくなることはありません。

また、年度の切り替わる3月から4月も忙しくなりやすい時期です。新年度には多くの会社で新入社員がまとまって入社するので、雇用契約の締結や社会保険の加入などの入社手続きが必要になるからです。

3月末は退職者の増えやすい時期でもあるので、退職手続きも進めなければなりません。複数の企業と顧問契約を結んでいれば、年度の切り替えの時期も仕事には困らないでしょう。ちなみに、企業と契約している場合は、賞与の支給時期である7月頃や12月頃も忙しくなります。

さらに、12月には年末調整があります。年末調整は、雇用形態に関係なく、在籍している社員について実施する必要があります。年末調整自体は税理士の業務範囲であるため、社労士には源泉徴収票の作成などを行うことはできません。

しかし、年末調整に不可欠な給与額や社会保険料の計算といった、いくつかの業務については社労士でも行うことができます。そのため、社労士は年末も忙しくなりやすいのです。

このように、1年を通してどの季節にも仕事を受注できたら、「仕事がなくなったらどうしよう」という不安を軽減することができます。そのために、季節性に応じた複数の強みを打ち出しておくことが大切なのです。また、どの時期にどのような業務で忙しくなるのかということもあらかじめ押さえておきましょう。

差別化ポイントを確立した社労士の事例

実際に差別化を図って成功させている開業社労士は数多くいます。ここでは、顧客を増やすことに成功したKさんの事例を見てみましょう。

Kさんは、人事・労務関係のコンサルティング業務を行う現役の社労士です。完全顧問契約で企業からの委託を受けています。顧問料には、労務面や人事面に関わる事柄全般についての相談業務と社員への研修の実施が含まれています。

ここでのポイントは、3号業務であるコンサルティングをメインにしていることです。

1号・2号業務に当てはまる手続き関係もクライアントの要望があれば行いますが、別途費用を徴収していて、通常の業務は3号業務が中心です。

Kさんは、社労士以外にも業務に関連した多くの資格を保有しているため、競合と比べて顧問料は決して安くはありません。しかし、その専門性と幅広い知識をもとにしたコンサルティングは質が高く、クライアントからの評価も上々です。

クライアントから信頼を得ているポイントは、もう1つあります。
別途費用が必要な1号・2号業務について、社員に書類作成などの指導を行い、社内で完結できるように指導をしているのです。社員が作成した資料は提出前にKさんが確認するものの、これは顧問契約の範囲内の業務として扱われるため追加費用は発生しません。

最近は働き方改革に関わる事項など、深い理解が必要で煩雑なものも多いため、別途依頼を受けて手続きを行うことも多くありますが、クライアントが社内でできる範囲のことについては、追加のコストをかけなくてもいいように丁寧にサポートしています。

誠実にクライアントと向き合う姿勢が評価され、Kさんはクライアントと良好な信頼関係を構築しているのです。

そのおかげで、Kさんが社労士事務所を引き継いだ当時、顧問契約を結ぶクライアントの数は16社でしたが、3年ほどで24社にまで増えました。しかも、特別な集客や営業活動はしていません。信頼を積み重ねる仕事を続けた結果、口コミや紹介だけでクライアントが増えていったのです。

「豊富な知識を生かしたコンサルティング」と「クライアントに寄り添う丁寧なサポート」でKさんは競合との差別化を成功させました。これから開業する社労士のみなさんにとっても、参考になる点があるのではないでしょうか。

開業社労士は自分の「売り」を作り、差別化を図ることで優位に

開業社労士が仕事を得るためには、ほかの社労士との違いを打ち出すことが重要です。

ただし、「売り」を作ってアピールするといっても、決して無理なことをする必要はありません。どの分野が得意か、どの業界について詳しいかといった自分の強みを分析して、それを中心に戦略を立てればよいのです。

また、既存の顧客から悩みを聞き出してニーズの高そうな分野を見極めるというのも「売り」を作るよい方法のひとつです。強みを前面に出して競合との差別化を図り、優位なポジションを確保しましょう。