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コラム
ハリントン・ルールとウッズ・ルールと裁定集
2015年5月20日 公開 / 2017年2月24日更新
近代機械文明における“審判がいないゴルフ”のジレンマ
ゴルフには審判がいません。
これはプロの試合でも同じです。
全ての組に競技委員が18ホールついて回ることはありません。競技中の選手自身が、適切な処置としてルールの判断が付かないときに競技委員を呼んで適切な処置を確認します。
審判がいないために、テレビ中継を見ている視聴者が、「誤所からプレーしている」「ボールが動いた」、以前このコラムでも書いた「タオルを敷いてプレーした」などと、視聴者自身が審判となって、競技会場に選手の違反を指摘することがあります。
視聴者自身も一緒に競技に参加しているのです。そこまで注意深く見てくれる視聴者の存在はありがたいもの。
だからといって、ルール違反を指摘しても、録画中継のときには、すでにホールアウトをしてスコアを提出した後だったり、リアルタイムの中継であっても、視聴者からの指摘がホールアウトしてスコアを提出するまでにプレーヤーに違反の声が届くとは限りません。
結局、スコアを提出した後に視聴者からの指摘でルール違反が判明した場合、過少申告になってしまったという事例が多く、ほとんどの場合が失格となっていました。
こんなスポーツも珍しいでしょうね。もしも審判が全てを見ていれば、“審判が絶対”ですし、アメリカンフットボールや相撲、メジャーリーグ・ベースボールでも「ビデオ判定」を用いられていますが、視聴者参加型はありません。
ゴルフぐらいですね。
そこで、できたのが「ハリントン・ルール」。
ご存じでしたか?
ゴルフ規則裁定集に加えられたハリントン・ルールとは?
2011年4月、世界のゴルフルールを統括する英国ゴルフ協会(R&A)と米国ゴルフ協会(USGA)は、選手本人が気付かなかったルール違反が、テレビ視聴者から指摘されて自動的に失格となるルール解釈の見直しを決めました。
R&AとUSGAは、こうした失格処分は「近年のビデオ技術の進歩」の結果だとして、選手自身がルール違反に気付かず、そのままスコアカードを提出しても自動的に失格となることは免れることになりました。
このルールが作られるきっかけとなったのが、パドレイグ・ハリントン(Pádraig Harrington 1971年~ )。
ハリントンは、アイルランド出身で、2007年の全英オープンゴルフ優勝、翌2008年に全英オープンゴルフを連覇、さらに全米プロゴルフ選手権でも優勝しました。これまでに欧州PGAツアーで通算13勝、アメリカPGAツアーで6勝を挙げ、2006年11月、日本の「ダンロップ・フェニックス選手権」でも優勝しました。
このハリントンが、2011年1月、欧州ツアーのアブダビHSBCゴルフ選手権で失格となったことが引き金となりました。
ハリントンがグリーン上でボールを置き直した際にボールがかすかに動いたのをテレビ視聴者が通報。首位を1打差で追い掛けていたハリントン自身は自覚していなかったと説明しましたが、ビデオ検証で動いていたことが確認され、ペナルティを加えずにスコアカードを提出していたために失格となりました。
この裁定の後、優勝争いの渦中にあったり、注目される選手などテレビに映るプレーヤーだけが、スーパースローや解析度の高い画像でしか認識できないようなルール違反を問われる事例が相次ぎ不公平だという声があがり、ルールの見直しにまで発展しました。
プレーヤー自身が審判であるゴルフというスポーツにおいて、プレーヤー自身が認識できない事態を機械が見つけてしまうというジレンマが生んだ問題です。
このルール改正の決定に際し、当のハリントンは、「小さな変更だが、良い変更だ。R&AとUSGAが協力して迅速に行動してくれたことは素晴らしい」と語りました。
具体的なルールとしては、ゴルフ規則裁定集に掲載されている裁定33-7/4.5で、プレーヤーが現場で合理的に気付くことができなかった状況(後でビデオによる証拠を通じてのみ認識できる場合)に関しては、競技失格の罰を免除することの正当性を認められています。
たくさんの事例を用いて、「失格」と「免除」の妥当性を記述しています。
2013マスターズでのウッズ・ルール
それでもなお、視聴者問題は続きます。
有名なのは、2013年のマスターズでのタイガー・ウッズのプレー。
覚えておられる方も多いと思いますが、今一度経緯をたどってみたいと思います。
タイガー・ウッズは、3日目のスタート前に、前日のプレーでのルール違反で、2ペナルティを課せられる事態が起こりました。
前日の15番ホール(パー5)のプレーで、池越えでグリーンを狙った3打目が、なんとピンにダイレクトに当たり、それが手前にはね返り、池に落とすという、とんでもない不運!
しかしウッズは気を取り直し、ウォーターハザードからの処置として「元の位置からの打ち直し」を選択しました。そして次の第5打はピンそばにピタリ。らくらく「ボギー」とし、「さすがタイガー・ウッズ!」と観衆を沸かせました。
しかし、この池からの処置が問題となります。
ボールをドロップした場所が、元の位置から2ヤード後方で「誤所からのプレー」のルール違反と判明。「ボギー」としていた同ホールのスコアは「トリプルボギー」となり、「71」だったスコアは「73」に訂正されることになりました。
3日目の午前、マスターズの委員会は緊急会見を開いて経緯を説明することになりました。
前日ウッズが15番ホールを終えた直後より、テレビの視聴者から「ドロップする位置が間違っている」という指摘が殺到。しかし競技委員が映像を確認したところ、打ち直しの地点は「問題無し」という判断を下し、ウッズには、ペナルティを加えられる可能性があることを伝えませんでした。
ところがラウンド後のインタビューで、「2ヤード下がって打ち直した」とウッズ自身がコメント。この放送後の同日夜、問題が再燃しました。ウッズが自分の意思で、「元の位置」とした本来ドロップすべき地点よりも後ろから打ち直し、誤った処置をしたことが判明したからです。
そして翌3日目の朝、ウッズは午前8時から競技委員と協議して、自身の過ちを認めました。しかしマスターズ委員会は、競技委員が一旦「問題無し」として、スコア提出前のウッズに「ペナルティの可能性がある」という情報を伝えなかったことで、選手に不利益をもたらしたと判断。規則33-7「委員会の自由裁量権」を適用し、失格ではなく、15番ホールでの2罰打をつける処分としたのです。
ウッズはラウンド後「これは“ハリントン・ルール”だと思う。これが1、2年前であればプレーする機会はなかっただろう。でもルールが変わったんだ」と話しました。
だが、AP通信は「“違反に気付かなかった”のと“ルールを分かっていなかった”のは区別される。この場合は、ウッズが“ルールを分かっていなかった”」と指摘し、ハリントンのケースとは異なると表現しました。
ニック・ファルドやデビッド・デュバルらも「失格を選ぶべき」という考えを示しました。
一方で選手たちの中にはウッズを擁護するコメントもありました。
バッバ・ワトソンは「このルールは素晴らしい。僕たちを守ってくれる。今日の僕のように下位でスタートしていたら、みんな僕が何をやっても気づかなかったはず」と、やはり公平性を主張。
また別の選手は「我々のスポーツがユニークなのは、同じ時間に何が起こっているかをすべて理解するのが難しいところ」と話し、テレビ放送の影響の大きさを指摘しました。
この一件は、タイガー・ウッズのミスから始まった騒動であることは間違いありませんが、その影響の大きさもウッズならでは。“ウッズ・ルール”ともいうべき事例です。
ゴルフルールはすべてのプレーヤーにおいて、公平でなければならず、一部の有名選手を擁護するものではいけません。
この“ウッズ・ルール”の適用が、ルールの改正や裁定集への改訂にまで影響することはありませんでした。
事例が多すぎて、とても覚えられない”ゴルフ規則裁定集”は、「裁判」でいうところの『判例』です。
現在の競技においては、規則そのものよりも裁定集の方が、その時々の判断材料として、またプレーヤーの救済に対して、最も重要なものとなっています。
ゴルファーの皆様にも、ぜひ手元においていただきたい1冊です。
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