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コラム

四国遍路  なぜ、閏年に逆打ちと言って反対から回るのでしょうか?

仏事の知恵について

2015年11月14日 / 2016年1月13日更新

コラムをご覧いただきましてありがとうございます。感謝です。


今、岡山市にあります医光院様と言うお寺様とその檀家様と四国遍路をさせて頂いていまして今回で5回目になります。今回は一泊2日で60番札所横峯寺から79番札所天皇寺まで20か寺を回りました。次回は来年春に残りのお寺と高野山へお参りし満願となる予定です。


さて、来年は閏年。閏年には反対から回ります。その理由は・・・


諸説あるのですが・・・弘法大師様と衛門三郎の話があります。


愛媛県松山市に衛門三郎という強欲な長者が住んでいました。

弘法大師様は衛門三郎の家の門前で托鉢の行を数回、7日間行いましたが衛門三郎は弘法大師様を追い出してしまいます。


その後、衛門三郎には男の子5人・女の子3人の子供がいたのですが、長男が熱を出して病気になって亡くなりました。その後も8日の間に8人の子供たちが次々と亡くなってしまいました。


衛門三郎は毎日泣いて暮らしていました。


そのことを知った弘法大師様が罪のない子供たちのことを不憫に思って子供たちの供養をされました。


そのことを知った衛門三郎は、奥さんにお大師様に会って罪を許していただくまでには家に帰らないからと出ていきました。


その時の衣装が、白衣に身を包み頭に魔除けの笠を被り、右手に金剛杖を持って家を出ました。このことがお遍路さんの始まりとも言われています。


出来るだけ早くお大師様に会いたいと、行く先々のお寺に、自分がお参りしたことがわかるようにとお札をお堂に張っていきました。このお札のことを『せば札』といい、これが現在の『お納め札』になったといわれています。


その後8年の歳月が経ち、衛門三郎は20回寺院を回ったのですがお大師様に会うことが出来ませんでした。


832年(閏年)徳島の切幡寺から逆に回るとお大師様に会えるかもしれないと思い、逆回り(逆打ち)を始めました。


しかし、焼山寺に着くと衛門三郎は倒れてしまいました。そしてそこにお大師様が現れ、


『よくここまで頑張りました。今までの罪はすべてなくなっていますよ』と言葉をもらって衛門三郎はなくなりました。


衛門三郎が四国遍路の開祖とも言われています。

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