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武冨美恵子

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武冨美恵子(たけとみみえこ)

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コラム

重陽(ちょうよう)の節句に学ぶ(着せ綿)

冠婚葬祭のマナー

2016年9月9日 / 2018年8月16日更新


【マナー 重陽(ちょうよう)の節句に学ぶ(着せ綿)・・・美活・美育・【美ECO】ライフ№105】

 本日、9月9日は「重陽の節句」です。「菊の節句」とも 言われています。
最近、幸いな事に70代の先生方から学ぶ機会を持たせていただいています。年齢は関係ないよと仰る方もいらっしゃいますが、戦後、諸外国の文化が入ってきたために外来語の中で幼少時代に過ごしてきたかどうかで文化的な感覚が違うような気がいたします。

 その方々から聞かせて頂ける季節の言葉は美しくて、その言葉により心の中や頭の中に想像の世界がふんわりと広がっていくような気がいたします。


「菊の着綿」(きくのきせわた)

重陽の節句が話題に出ました時に伺いました言葉は
「菊の着綿」(きくのきせわた)です。
調べて、まとめてみますと
「菊の着綿」とは、重陽の節句に行われる宮中の習慣。重陽の季語と言うことです。
着綿(着せ綿・被綿・きせわた)について
重陽の節句は中国から伝わりましたが、日本独自の風習として、「菊の着綿」があります。
重陽の前夜、9月8日の夜、菊の花を真綿で覆って夜露と香りを写し取り、翌朝、その綿で身体や顔を拭うというものです。
 そのようにいたしますと、老いがさり長生きできると信じられていたようです。また、近世になりますと、白菊には黄色い綿、黄菊には赤い綿、赤菊には白い綿を使い、色を小さい綿で蕊(しべ)を作るというような決まりができたということです。

 旧暦で祝われていた「重陽の節句」も新暦になってからは菊の開花には早すぎて、なじみが薄くなりましたように
「菊の着綿」も菊の開花には早すぎるし、夜露も降りないためでしょうか、明治以降は次第に行われなくなり、宮中も含めて着綿の記録は残ってないそうです。

 季節感を大切にされる和菓子の世界では菊の花の上に綿をのせた形で「着せ綿」と命名されて残っているようです。



菊の花

菊は中国で翁草、齢草、千代見草とも別名をもっていて、古代中国では、菊は仙境に咲いている花とし、邪気を払い長生きする効用があると信じられていました。その後、日本に渡り菊の香りと露とを綿に含ませ、身を拭うことで不老長寿を願う行事として定着したようです。

真綿とは

 真綿と言う言葉もだんだんと聞く機会がないように感じます。最近は羊毛布団や羽毛布団に人気があるようですが、以前は真綿で作りました布団はあったかいなどと、母はよく申していました。

真綿(まわた)は絹の一種で蚕の繭を似たものを引き伸ばして綿にしたもの。日本においては室町時代に木綿の生産が始まる前は綿という単語は真綿のことを指していました。
 白くて光沢があり、やわらかく保温性にも富んでいるために、昔から布団や綿帽子、防寒着の中に詰め込む素材として利用されてきました。また、良質のものは紬の材料として利用されてきました。


 「菊の香りや夜露を含んだ菊の真綿をまとって、不老長寿を願う。」なんと、自然豊かで優雅で雅な世界でしょう。

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武冨美恵子

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