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鈴木均

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鈴木均(すずきひとし)

株式会社メルサ

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コラム

エムアンドエ―駆け込み寺No47 後継者の自社売却決断 前編

2020年7月30日 公開 / 2020年8月15日更新

テーマ:中小企業のM&A

コラムカテゴリ:ビジネス

コロナ禍の影響で多くの中小企業が疲弊し、存続のためのビジネスの在り方が問われています。

同族中小企業の事業承継は親から子への親族承継が大半です。ビジネスモデルや顧客が確立している事業承継では、それなりの売上も継続し、後継者の経営能力を揶揄されることもありません。

しかし、コロナ禍での親族承継に対し、レッドマークが突きつけられるかもしれません。予想もしない有事で以前のビジネスモデルが全く通用せず新しいビジネスモデルの発想が求められているからです。

コロナ禍による数々の補助金、融資等で現業を将来に繋げようとしても、一時的な対処となってしまいます。

コロナの影響が長期化の様相を見せる中、以前の売上がもとに戻ることは考えられません。さらに、有事はコロナ禍だけではありません。突然日本各地を襲う大地震、大雨洪水の恒常化等々容赦なく次々に中小企業を襲ってきます。

それでは、様々な有事に対処できる後継者能力とはどのようなものでしょうか。

一言で言えば、経営能力という事になるでしょうが、経営能力を発揮できるには、後継する(している)事業が

「天職」

と感じられるか否か?ということではないでしょうか。

私は49才の時に父親が創業した会社を、父親存命中に説得し、後継者の立場でありながら、M&Aで売却しました。資本金1000万社員数50名規模の同族中小企業でした。

幹部社員のクーデターで売上が80%ダウンを覚悟したものの、安売り競走で自社が疲弊する前に売却し、別会社を創業しました。

承継した事業が天職と感じられず、承継した事業の延長で次の打ち手を見つけられなかったことも売却決断の一因でした。私の転職を第2創業に見出したのです。

そして、それから18年別会社の経営者として生き残っています。

創業者が築いてきた事業が後継者に向いているとは限りません。世の中の動向を見据え、自分が経営者として意欲の持てる事業は何 かを、真剣に何度も自問自答すべき時が来ています。

自分自身の天職を再考したとき、 事業承継する企業(事業)が天職ではないと悟る後継者もいるはずです。承継することをためらいながらも口に出せず毎日のルーチンワークに追われている後継者もいるかもしれません。

経営能力を論じる前に、承継した会社の事業が「天職」と感じられるようでなくては、アフターコロナに打ち勝っていく事業構築が難しいかもしれません。

そうであれば、現況を売却し自ら「天職」と感じられる事業を第2創業し、出直すこともやぶさかではありません。

父親が創業した会社を売却した18年前は、存命中の父親を説得してまで、自社売却したことに対し、冷たい視線を感じたこともありました。しかしながら、第2創業で18年間も生き残っている私の現在が、M&Aという手法による事業承継が正しかったことを証明しています。

コロナ禍という有事に襲われ、売却さえもできない会社になってしまった会社も多数あります。私が売却決断した時代とは違い、後継者が売却決断することに対し、冷たい視線どころか、自社を救うための英断としてとらえられるのではないでしょうか。


自分の「天職」を見つめ直してください。  

売却し天職で第2創業に転換するという結論で、自分の進むべき道が明確になったならばグスグスせずに売却の行動に着手すべきです。経営者が優柔不断でも時間は優柔不断ではありません。売れる会社が時間の経過と共に淘汰され売れない会社となってから後悔しても遅し!です。

どのような企業でも、「天職」を基盤とした後継者の経営手腕と事業承継手腕がなければ企業の存続と発展は不可能です。


※マイベストプロ宮城での「エムアンドエー駆け込み寺」投稿は
毎月5日、10日、15日、20日、25日、30日を予定しています。
これ以外にも「番外編」として不定期の投稿もありますのでご笑読下さい。

この記事を書いたプロ

鈴木均

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鈴木均(株式会社メルサ)

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