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コラム

天職

雑感

2016年6月9日

私はよくこの塾業界の仕事が「天職ですね」と言われます。20年以上、この業界に関われているので、そう言われても違和感はありません。天職の字義としては、天から与えられた仕事くらいでしょう。具体的に何をもって天職というかはさておき、私自身もこの仕事を天職だと考えています。天職と思う理由としては、「いくら仕事をしても特に苦痛は感じない」「必要とされやすい」「アイディアがいくらでもでる」「向上心を持ち続けられる」「通常より高いスキルがある」こんなところです。
ただ、「好き」というわけではありません。もちろん嫌いではありません。なかなか好きだけでは仕事はできません。好きがある人は嫌いがあるからです。少なくとも私はこの仕事については、好きも嫌いもありません。自分で恵まれているなぁと思うことはよくありますが。
天職は出会うものか、見つけるものか、作るものかは、議論があって然るべきです。全部正解かもしれませんし、全部を兼ね備えることかもしれません。私は後者だと思います。運も力も必要です。ただ、最初から、天職を探していたのでは、見つからないと思います。いろいろな仕事をしてみて、残ったものか、あるいは、常について回っているか、そういったものは後からの判断で天職ということができると思います。天職とは結果論です。
問題は、天職だなと自分で思えた後の方が重要です。天職だから、才能があって、これ以上努力しなくてもいいと思えてしまうのであるならば、それは結果的に天職ではなかったということでしょう。うまくいかなかくなった時に、天職に裏切られた気持ちになるのであるならば、最初から天職ではなかったということです。こちら側が、天職に見放されないように、絶えず努力を続けられるもの、私のイメージとしては死ぬ前日まで、仕事を普段通りのスキルで続けられているものが理想です。

ここのところ、複数の人から、似たような話をされましたので、少しだけ、私の考える天職に触れてみました。



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