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京都コムニタス

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コラム

コムニタスという名称について

京都コムニタス設立の理念

2014年8月22日 / 2015年11月6日更新

最近よく「コムニタス」とはどんな意味ですか?と質問をしていただきます。私としては
ちょっとうれしい質問です。そうやって興味を持っていただくことがまず大切なことですし、
少しでも私たちの理念に共感していただけるならば自分たちの存在証明にもなるような
気持ちになれます。私は名前を大切だと考えています。仏教的には諸行無常ですので
こだわっても意味がないかもしれませんが、まぁ、それはそうとして、名前に理念を乗せて、
その理念に沿って塾が運営されているということを、生徒の方々が考えてくれるまで、
体現できるかどうかがポイントです。

コムニタスについて、これまでこのコラムで結構述べてきたつもりだったのですが、
そうでもありませんでしたので、もう少し述べたいと思います。
所依となった文献は
『儀礼の過程』 ヴィクター・W. ターナー (著) 冨倉 光雄 (翻訳) です。
こちらのコラムを参照。
ターナーは文化人類学者ですが、その理論は、様々な分野に引用されており、
仏教学でも引用されるくらいです。
どんな組織でも、最初は、それほどルールは多くはありません。誰かが誰かを支配するために
組織を作るところからスタート、ということはあまりありません。多分、おそらく、もしかすると、
あの政治政党であっても、最初は理念があって自分たちの理想を追求することを是として
できあがったのではないかと想像と空想をします。
仏教もそうでした。ある先生の言葉を借りれば、ブッダを含む6人のメンズクラブからスタートしたのです。
ブッダがトップダウン的に他の5人を支配してやろうと思った形跡はありませんし、仏教教団を拡大して、
一大勢力になってやろうとした形跡もありません。しかし、時とともに教団は大きくなります。
仏教発生後1000年の時を経て、この日本にやってくるのですが、当然空輸されたはずは
ありませんから、自然の広がりの中の終着駅だったのです。(これ以上は東に行けませんから)
それだけ大きくなると、当然自分たちを拘束するものが必要になります。仏教はそれを戒律
(正しくは律蔵)と呼びます。この戒律は法律集ですが、非常に完成度が高く、法的な矛盾を
回避することを強く意識しており、それでいて仏教の理念を損ねないように気を配った法体系です。
ブッダ一人が制定したものかどうかは、本当のところ、よくわかりませんが
(建前上はそういうことになっています)、仮にそうだとすると、天才的立法者と言ってよいと思います。

それはさておき、法体系が確立すると、様々なものが形式化します。悪く言えば形骸化します。
前例にそって、間違いのないことにこだわるようになってきます。だから間違うと、上からしかられます。
悪い場合、怒られます。だから下の者はしかられないように、あるいは怒られないようにしようとします。
これが何代も続くと、結局組織の体をなさなくなってきます。原型や元の理念を誰も知らないという
状態になってしまいます。この国もその傾向が強くなってきていますが、この状態は人々を
不安にさせます。あるいは悪い人間は不安をあおります。
「隣の国が攻めてくる!」とか言って。広島で現実に起こり得ている不安や恐怖には
何もせずに、まだ発生していない不安を煽るなど言語道断ですが、組織が長く形式化
してしまうと、こういった操作はしやすくなってしまいます。

こういった時にこそコムニタスの出番なのです。
ターナーは、リミナリティ(境界性 liminality)にある人びとの「あいまいで不確定な属性」を
指摘しました。境界にある存在は、それまでの社会的属性をはぎとられ、
白紙状態にあります。その人々は指導者の権威に服従し、懲罰をも受け入れつつも、
彼ら同士の間では序列や身分識別意識が消え、仲間意識と平等主義が共有されます。
こうして生じる未組織の共同体を、ターナーは「コムニタス」(communitas)と名づけました。

この理論に基づいて命名したのが京都コムニタスです。
仏教の6人のメンズクラブもある意味コムニタスだと考えたこともあります。
コムニタスの対局にあるのが「構造」で、政治的地位の序列により構造化された、
階級的社会組織を指します。仏教時代で言えば、インドのカーストです。
現代で言えば、例えば、私がよく批判する「シューカツ」「大学受験」などは
あまりにも高度に組織化されすぎて、もうどうにもならない状態です。
「どうしょうもないから、行けるとこまで行っちゃえ~」
という状態なのではないかと思います。私はこの組織化された「受験システム」から
離脱を図ったのです。その理念を忘れないために「コムニタス」を採用しました。

ターナーによれば、コムニタスには構造を再活性させることもあると言います。
決して単純に構造を否定するのではなく、コムニタスを巣立った人は、
再度、構造の中に入り、活性化させることができるだけの能力とエネルギーを
蓄えて欲しいとも考えています。

今後もこの名に恥じない活動をしていきたいと考えています。


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