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コラム

「やればできる」とは限りません

勉強方法

2014年1月10日

よく予備校のキャッチフレーズに
「やればできる!」
というものがありますが、正確には
「やらねばできない」
です。言い方を変えれば
「やってもできないこともある」
というのが事実なのです。
これは資質とか、才能といったこととは別次元の話です。
能力が同じだとしても起こりうることです。
資質、才能というのもあくまで結果論にすぎません。
何かしらの数字が高いからといっても、参考資料程度です。
我々が勉強をはじめとして、まず事実として、受け止めて
おかねばならないことは、この
「やってもできないことがある」
ということです。意外にこの点は置き去りにされている
傾向が強いと言えます。大学受験までは、「テストの点数」
「偏差値」というわかりやすい尺度があります。これは
どちらかというと「やれば伸びる」類のもので、ゲームに
近いものです。
(そうは言ってもゲームスコアの伸びと学校の成績の伸び
は因果関係はないそうです)
ゲームはパターン数を意図的に少なくしますので、
スコアが伸びるパターンを人間は無意識的に学習しますので
徐々に「高いスコア」をとってやろうという意識が働きます。
一方で、それが不安を呼び、それに負ける人もたくさんいます。
不安へのセルフヘルプはこちら
参照ください。
高いスコアを取ることに意味がないとは言いませんが、
大学に入った瞬間から、これは意味をなさなくなります。
大学の先生に「私は偏差値70でした」と言っても
何も意味をなさないことは容易に想像がつくと思います。
逆に「偏差値40でした」と言っても「だからどうした」の
話にしかなりません。大学以降は「今、ここ」が大事なのであって
一つの尺度に頼った自己分析はさほど重要ではないのです。

話題を戻すと、例えば、大学院入試で願書一つ書くのも
「やればできる」というスローガンを掲げても書けません。
そういう問題ではないということがわかると思います。
実は、願書書類を書くという行為自体が初めてという人は
案外たくさんいます。そういった人は
「やれどもやれどもできない」「やればやるほど混乱する」
という現象を必ず経験します。これは確かに存在する現象です。
これを「つまり勉強していない、努力していない」と
解釈すると、余計に歪んできます。こういう状況になって
精神的に追い込まれる人は「やればできる」信仰に毒されている人です。
その人は「どうすればできるようになるか」を考えると
多少改善されます。しかし、この場合、「やり方がわからない」と
なってしまい、あきらめてしまうことが多いと思いますので、
ここが境界と見定めて、あきらめずにその方法を獲得しようという
意識を持つことがスタートラインです。
勉強に限らないと思いますが、
「どういう努力をどういう方法でどのくらいこなし、それをどのくらい継続するか」
簡単ではありませんが、これが基本です。




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