【先人の教えを活かす古典ヨガ。「気づき」の大切さ】
耳が痛い…
よく口にしますが、本当に耳が痛い訳ではないですよねー(゜∀゜)
「そんな話は聞きたくない」のです。
パンチャニャーナエンドリア(五感)のひとつであるシュートラ。
「耳」がマインドと繋がり、いやがっている状態。
「でも聞きたい、聞いておいた方が良い」と、何とな~く分かっている。
でも「聞きたくない」
だから、 耳が、 痛い。
実はこれらは、私たち内側の対話です。
誰と誰の対話?
自分と自分です。
「聞いておいた方が良いと感じる自分」と「わかっちゃいるけどね」という自分。
そうです、スーダラ節のサラリーマンです。
↓コラム『健康貯金と健康借金』参照
https://mbp-japan.com/kanagawa/yogakyo/column/5099144/
例えば、
嫌いとわかっていても親がピーマンを食べなさいと言うとき。
子は嫌がります。好きなものだけ食べていたいのにと。
子どもは無知です。
親は我が子の健康を願っています。
この二人がいつも自分の中で対話していると想像してみて下さい。
大人になると、なんでも自分の判断でコトが進み、叱ってくれる人、将来や体を本当に心配してしてくれる人はいても、口を酸っぱくして言ってくれる人はほとんどいなくなります。
(口が酸っぱいってのは、本当に酸っぱいんじゃなくて言いづらいってことですね)
不節制したくてしているわけではないのは、みんなお互い分かっていますから、
なかなか触れられないものです。
だから自分自身でマインドをしっかりと見極める必要があります。
だから「耳が痛いなあ」と思ったときはチャンス!
自分の中の子どもがこんな時ありませんか?
◉正統化してきたり
◉理屈をこねたり
◉知らんふりしたり
そんな時は、深呼吸して刹那的でない判断を。
日頃から瞑想の時間を持つことはとても有用です。
好きなことすればいいじゃないのと思うかも知れませんが、
闘病生活や介護生活を予防することは今なら十分にできます。
人生は長いようでいて短いようでいて長く、時間は限られています。
ああ、やっておけばよかった…というその瞬間が未来にやってきたとして、時間が今に巻き戻ったと思ってみて下さい。今です。
そして今目の前におきている奇跡の数々を体感し始めたなら、何かが変わり始めます。
きっと死ぬときに「ああ生きてて楽しかった」と笑えるでしょう。
多少の節制をして健康寿命を延ばし、家族に負担をかけず、この世界を健康体で味わう極上の日々を。
鎌倉ヨガ教室では、瞬間に自分の内側で起きている「思考」を学ぶ事ができます。
知るだけでは単なる知識でしかないので、目指すは実践です。
思考はいつも、瞬間に音もなく自動的に起きています。
なんと本人も気づかないうちに!
…なるほど!だから耳が痛くなっちゃうんだね。
たまには大切な人のために、口を酸っぱくすることも必要かもしれないし。
自分との対話を始めるとなかなか面白いです。
次回は『胸がチクッとする』のはなぜか、紐解きます。ではまた(^^)/
鎌倉ヨガ教室
中里えみこ