反り刃の鋏を研ぎ直せますか
手に馴染んだ裁ち鋏の切れ味が落ちてきた時、あなたならどうしますか?
買い替えるという選択肢もあるでしょう。しかし、使い慣れた裁ち鋏には、単なる道具以上の価値があるはずです。手の感覚にフィットする重さ、開閉のスムーズさ、切ったときの手応え。新品では再現できない「相棒」としての存在感。そんな鋏が切れなくなったからといって、使い捨ててしまうのはもったいないことです。
それで、今回は「切れなくなった裁ち鋏 使い捨てますか、それとも研ぎ直しますか」というタイトルでコラムを書きたいと思います。
どんな鋏も、使えば必ず切れ味は落ちる
どんなに上質な裁ち鋏であっても、使っているうちに刃先は摩耗し、やがてスムーズに切れなくなります。原因は摩耗だけではありません。刃のかみ合わせの微妙なズレ、うっかり落としてできた刃欠け、サビの発生。これらが少しずつ積み重なって「切れない」と感じる状態になります。どうすることが出来ますか?
裁ち鋏は研ぎ直すことによって、その性能を復活させることができます。しかも、適切な方法で研ぎ直すことにより、新品時の様な優れた切れ味にすることさえ可能なのです。
自分で研ぎ直すか、プロに依頼するか
鋏の研ぎ直しには、主に二つの方法があります。
自分で研ぎ直す
砥石を使い、手を動かしながら刃を再生する作業は道具への愛着を深めてくれます。
裁ち鋏を研ぐには、構造を理解し、正しい角度と適切な力を維持する必要があります。それには高い技術力が求められます。
プロに依頼する
鋏研ぎのプロは鋏の状態を的確に見極め、その鋏にとって最適な方法で丁寧に研ぎ直してくれます。
プロに依頼する場合でも、さらに二つの研ぎ方があります。それが「機械研ぎ」と「完全手研ぎ」です。
裁ち鋏の研ぎ方
1. 機械研ぎ ― 工場仕上げに近い美しさ
機械研ぎは、グラインダーや水研器、バフなどの機械を使って研ぎ直す方法です。これは裁ち鋏の製造工程にも用いられる方法であり、一見すると新品のような輝きが戻ります。
ただし、その美しさの裏にはリスクも潜んでいます。高速回転する砥石で金属を削るため摩擦熱が発生しやすく、刃が焼けてしまうことがあるのです。「焼き」が入ると鋼の硬度が下がり、刃はもろくなります。また、熱によって鋼が変質すれば、いくら見た目が美しくても切れ味は長続きしません。さらに、研削熱によって弱った刃と刃が噛んでしまい、裁ち鋏にとって致命傷になりかねません。
見た目は大事です。しかし、道具としての本質は切れ味と持続力。その意味では、機械研ぎは熱を加えないで研ぐ対策が必要です。
2. 完全手研ぎ ― 手作業による本刃付け
一方、「完全手研ぎ」は荒砥・中砥・仕上げ砥といった砥石だけを使って手作業で研ぐ方法です。研師は鋏の状態をよく見て、どう研ぎ直せば本来の切れ味に戻せるかを考えます。そして、試し切りをして切れ味を確認します。錆落としした後、一本一本の鋏に合わせた最適な角度と力加減で、丁寧に本刃付けをしていきます。
砥石には人造砥石と天然砥石があります。私は天然砥石を使って研ぎ直します。天然砥石を使う理由は、研ぐ時の感触【研ぎ感】と仕上げ砥石で研ぎ上げた【切れ味】です。
ある意味、完全手研ぎとは鋏と対話しながらの作業といえます。荒砥石、中砥石、仕上げ砥石を使い、手の感覚で刃の状態を確認しながら本刃付けをしていきます。
デメリットを挙げるとすれば、【長く切れすぎてしまう】ことです。あまりに長く切れ味が続くため、次の研ぎ直しのタイミングが来ないという「嬉しい誤算」もあるほどです。
天然砥石と人造砥石の違いについて
手研ぎで使われる砥石には大きく分けて「人造砥石」と「天然砥石」があります。
人造砥石
研磨材を焼き固めて作られており、均一な粒度で安定した研ぎ味を得られるのが特徴です。コストも比較的安価で、初心者にも扱いやすい砥石です。
天然砥石
京都などで採掘される希少な砥石で、粒子が自然な形状をしており、鋭さと滑らかさのバランスが非常に良いとされています。熟練の研師は、この天然砥石の特性を生かして、鋏に理想的な切れ味を持たせます。
道具のポテンシャルを最大限に引き出すには、こうした砥石選びもまた重要な要素なのです。
鋏の切れ味は仕上がりの質を向上させる
裁ち鋏に限らず、道具というものは手入れをすることで初めて本当の力を発揮します。研ぎ直しとは単なる修理ではありません。研ぎ直すことにより切れ味が良くなり、作業が楽になり、仕上がりの質を向上させることができます。
おわりに
切れなくなった裁ち鋏をどうしますか?
使い捨てますか、それとも研ぎ直しますか?
ご自分で研ぎ直しますか、プロに依頼しますか?
さらに、機械で仕上げますか、完全手研ぎで仕上げますか?
研ぎ直す方法、研ぎ直す技術力により裁ち鋏の切れ味は、良くも悪くもなります。
選択は、鋏への思いと、どんな切れ味を求めるかによって異なるでしょう。
私は天然砥石を使った完全手研ぎで、裁ち鋏を研ぎ直しております。