マイベストプロ神戸
吉安美玲

ものづくりやラジオを通じてママの挑戦をサポートするプロ

吉安美玲(よしやすみれい) / ものづくり講師

神戸市クラフト教室♡301

コラム

『こ』そだて・弧育てになってる?なってない?!

2021年9月15日 公開 / 2021年9月16日更新

テーマ:子育て

コラムカテゴリ:出産・子育て・教育

コラムキーワード: 子育て悩み相談まちづくりライフスタイル 女性


『こ』そだて・弧育てになってる?なってない?!

Vol.10

【100チャレンジ】・100個コラム書くチャレンをしています。

1.第一子の育児


『育児』とは?
育児(いくじ、英語: child care)とは、乳幼児の世話、養育をすることである。乳幼児とは乳児と幼児を指し、小学校に入学する前の子供の総称である。

育児を大きくわけると、『愛情、栄養、養護』に分けることができる。ウィキペディアより引用

わたしには、2021年9月現在、20歳と16歳の娘が2人います。
二人とも20代に出産をしています。

長女を出産後の【はじめての育児】には、かなりの体力・精神力を要しました。

【育児】に関しては、わたしのコラムのVol.1~9にも書いています。

Vol.9より1部・抜粋

【子育て】に、『マニュアル』なんてありません。

『その通り』なのですよね。

生後1ケ月くらいより、長女は、【抱っこして、毛布でくるんで、立って歩く】
を求め出すようになっていました。赤ちゃんは言葉が話せない時期は『泣くこと』で、
コミュニケーションを取っているのですよね。

生後~離乳食が始まるまでの間、長女は授乳を寝ながら飲み、授乳中に長時間時間を要していました。授乳だけでも1時間ほどの時間を費やしていました。

娘は、夜も泣いて寝ない。授乳中に寝る子だったため、当時のわたしには、『睡眠時間』を確保する時間がなかったです。
食事の支度や家事をしているあいだは、おそらく比較的ご機嫌だったと思います。

今思えば、『家事をする前にまず寝たらいいのにね』
当時のわたしは、『先に寝る』ということを知る余地もありませんでした。

当時の育児のことを今思えば、ほぼほぼ【ひとり】で子育てをしていたけれど、わたしの子育ては【弧育て】ではありませんでした。

【ひとりだった】けれども、わたしには、【長女】が居てくれたからね。
当時は、長女を、夏場も『毛布』にくるめて抱っこをして1日中、部屋中を歩いていました(笑)

【ひとりの時間なんて1秒もなかった】


2.育児の第二段階


子どもが1人のときは、年々育つにつれ、『一緒にできること』が増えていくにつれ、少しずつ【睡眠時間】も取れるようになっていきました。
それまでの睡眠時間が授乳やおむつ交換などで【細切れ】だったため、その後の睡眠時間も『細切れ』になってしまっていました。

人間って、ある意味【柔軟】だと思いますね。
【ケースバイケース】に慣れて習慣化するんだもの!

次女が生まれるまでの間、4年間は長女とほぼ2人暮らし。
朝起きて、朝ごはん、昼ご飯、外遊びや買物など、晩御飯、お風呂、就寝の繰り返し。

生後何ケ月?のときに、市の保健師さんが1度だけ訪問してくれたました。
それが【一筋の光】を見出したと言っても過言ではないです。

なぜならば、当時【育児の助け】がわたしには、なかったのです。
頼れる家族も、ご近所さんもいなかったのです。

主人は、当時、いわゆる【働き盛り】、元々、不規則な勤務だったため、月に1度休みが取れるか、取れないかくらい仕事がハードは時期でした。

そんなハードな中でも、わたしが睡眠不足過ぎてもう『体力的に限界』のときは、娘の子守りをなれない手つきで【一生懸命】してくれていたっけなぁ。。。

その頃は、【まだ序の口だった】ことを、次女が生まれてから知ることになりました。

3.次女の誕生・2人の子育てに戸惑う


長女が誕生してから4年後に【次女】を出産しました。
急な、妹の出現に、戸惑う長女の姿がありました。

次女の出産は超絶【スピード出産】でした。
陣痛と闘いながら、長女の『幼稚園のお弁当』を作りました。

わたし自身が長女なので、長女には『寂しい思いをさせたくなかった』のです。
わたしが、入院中不在になるので、毎日、何不自由なく幼稚園に通えるように、幼稚園の準備を念のために1週間分用意をしていました。

さすがに、2人目となると、主人の母と姉が長女の子守りにきてくれていました。

わたしは兵庫県在住です。わたしの両親は、次女が誕生当時は、父の仕事の都合で九州地方に住んでいました。出産後に母から、連絡がありました。
会いに戻って来たのは、母だけでしたが、直ぐに九州へ帰っていきました。

退院後、【壮絶な生活】が待っていました。

長女を【幼稚園】に通わせるための集合地までの【送迎】が、開始しました。最初の頃は、長女が幼稚園に行きたがらなくなってしまったのです。
一緒の幼稚園に通うお友達の【ご近所】のママさんが、『力を貸してくれた』のです。時には、主人の母が迎えに行ってくれました。

産後、1ケ月は、主人の母が仕事の合間に【夕食】を作りにきてくれていました。
主人の母は、現在も、毎日休みなく働いています。その母が、【産後の肥立ち】を配慮して、毎日、仕事の合間に来てくれていたのです。

【周りの協力があったから乗り越えられた】

2人の子どもの子育ては、【並大抵】ではありませんでした。

『もちろん、楽しいこと、嬉しいこと』もたくさんありました☆

3.育児は『ひとりでがんばらなくていい』


【子育て】の基本は、『自分』だけれども、ひとりで【弧育て】になってはいけないと思います。
わたしの場合、【ご近所さん】【主人の母】に知らず知らずに、今思うと『助け』を求めていたのだと思います。

主人が、2.育児の第二段階にも書いた通り、仕事がハードなために不在でした。
長女と2人でお風呂に入れ際に、次女をベビーベッドに寝かせていたのですが、その次女が【号泣】しかも、尋常ではなく泣き叫ぶのです。

わたしも長女も『どうしたら良いのか?わからなかった』のです。

あれこれと『実験のように試しました』
主人に『お願いだから今すぐ帰って来て欲しい』と、泣いて電話したこともありました。『わたしがここまでお願いしたこと今までに1度でもある?』と、懇願しました。当時は、しょっちゅう泣いてしまっていました。

~わたしが泣いていた理由~
◎長女に寂しい思いをさせたくなかった
◎次女が泣くと全てにおいて辛かった
◎2人とも同じだけ大事だから泣かせたくなかった
◎長女のことを優先と想っていたのに、うまく出来なかった
◎いっぱいいっぱいだった!

今となっては、『言える・思えることもある』

当時のわたしは、【ひとりでなんとかしなくっちゃ】と思っていた。

後に、またもや【ご近所さん】【主人の母】の力を借りることになりました。

その経緯は
『一生懸命子育てをしようとしている姿に手を貸したくなった』
『あまりにも辛そうで放っておけなかった』
『頼れる人が居ない中、頑張ってる姿に自然と助けたいと思った』などでした。

当時のわたしには、【周りを巻き込み力】が授けられていたようです。

それほどに、『熱意』があったのかもしれません。

わたしが【子育て】『熱意』を注げたのは、子ども達には、
【生まれてきて良かった】
と思って欲しいからです。

4.育児にはいろんな人が関わる方が良い


見出しの通り、【育児】には、さまざまな人が関わるのが良いと思います。
色んな、【人】と関わって、
【社会性・感性・対人力・知性・思いやり・教養】などなどが身についていくと思います。

幼い頃から、さまざまなことが【養える】からです。

そして、何よりも【弧育て】にならないためにです。
【弧育て】は、体力的だけでなく、【精神的】かなりキツイです。
身をもって【体験】した人が言うので、間違いないでしょう。

災害大国と言われる【日本】では、いつ災害と遭遇するのか、わからないですよね。万が一の【避難時】に備えて、いざというときに孤立しないためにも、まわりといつでも協力し合える関係性を築いておきたいですよね。
今後も地域密着で、【助け合いのできる優しい輪を広げていきたい】
ですね♡

☆【子育て】で躓いたら、その気持ちを【吐露】しよう!
☆もし【弧育て】のかたが居て、どうしようもない時は、わたしがあなたの話しを聴きます♡

★今日も1日おつかれさま(^^♪

『今』が苦しくても、明けない夜はない。

この記事を書いたプロ

吉安美玲

ものづくりやラジオを通じてママの挑戦をサポートするプロ

吉安美玲(神戸市クラフト教室♡301)

Share

吉安美玲プロへの
お問い合わせ

マイベストプロを見た
と言うとスムーズです

お電話での
お問い合わせ
090-8214-4866

 

電話に出られない際には、折り返しご連絡を致します。
留守番電話へのメッセージや、ショートメールを残していただけると助かります。

勧誘を目的とした営業行為の上記電話番号によるお問合せはお断りしております。

吉安美玲

神戸市クラフト教室♡301

担当吉安美玲(よしやすみれい)

地図・アクセス

吉安美玲のソーシャルメディア

instagram
Instagram
instagram
Instagram
facebook
Facebook

吉安美玲プロのコンテンツ