SiCから酸化グラフェンを得て紫外線を検出(雑誌会)

辻村豊

辻村豊

テーマ:雑誌会の部屋

この『雑誌会』は、化学系の雑誌を中心に独断と偏見で研究例を選び、不定期でご紹介するコーナーです。
最近の過去分は『雑誌会の部屋』に入れてあります。



Detection of Ultraviolet Light by Graphene Oxide Derived from
Epitaxial Graphene on SiC and Graphite
Md. Zakir Hossain* and Ogawa Kosei
ACS Omega 2024, 9, 32942−32948

SiCおよびグラファイト上のエピタキシャルグラフェンから誘導された酸化グラフェンによる紫外光の検出のお話です。

(本文)
https://pubs.acs.org/doi/epdf/10.1021/acsomega.4c03882

(追加情報)
https://pubs.acs.org/doi/suppl/10.1021/acsomega.4c03882/suppl_file/ao4c03882_si_001.pdf

今回の研究例では、epitaxial graphene(EG、エピタキシャルグラフェン)、epitaxial graphene oxide(EGO)、graphene oxide(GO)を比較しています。

EGについて、まずグラフェンについて、『グラフェンは,厚さ1原子層の炭素物質である.』『グラフェンは蜂の巣構造をもち,単位格子中に2個の炭素原子をもつ.』『グラフェン中には本質的にはキャリアが非常に少なく,電界効果でキャリア密度を大きく制御することができる.さらに,フェルミ速度が大きいために高い移動度をもつことがグラフェンの特徴である.』『移動度が高いことはグラフェンが電界効果トランジスタの材料として適していることを示している.一方で,バンドギャップがないこともまた特徴である.』そして、『炭化ケイ素(SiC)の熱分解によるエピタキシャルグラフェン成長もまた注目されてきた.この手法では,SiCを主に大気圧アルゴン雰囲気中で加熱することで,表面からシリコンのみを除去し,残存した炭素によって自発的にグラフェンが形成される.最大の利点は,半絶縁性のSiC基板を用いることで,絶縁性基板上全面にウェハスケールの単一方位グラフェンを成長できることである.』『一般に,“エピタキシャルグラフェン”とは,基板からエピタキシャル成長するグラフェンを意味するため,SiC熱分解グラフェンだけではなく,一部のCVDグラフェンも含んでいる.そこで現在では,“エピ・グラフェン(epi-graphene)”が,SiC熱分解グラフェンを意味する言葉として用いられている.』とあります。

(エピタキシャルグラフェンの構造と物性)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcrsj/61/1/61_35/_pdf/-char/ja

しからば、エピタキシャル成長については、『エピタキシャル成長とは、半導体製造の薄膜結晶成長技術のひとつで、半導体の単結晶の基板上に、新しく単結晶の薄膜を成長させること。』とあります。

(エピタキシャル成長)
https://www.ushio.co.jp/jp/technology/glossary/glossary_a/Epitaxial_growth.html

結局、SiCを熱分解させて、良質なグラフェンを得る方法のようです。
『もう一つのグラフェン合成法として、本稿の主題でもあるSiC熱分解法がある。本手法はSiCを真空中またはAr雰囲気において高温加熱することで、図2に示すように、SiC表面からSi原子が選択的に脱離し、残留したカーボン原子がSiC表面上にエピタキシャルにグラフェンを自己構築する現象を描いたものである。本手法が前述した3手法と最も異なり、優位性がある点は、エレクトロデバイスへの応用を前提とした場合、半絶縁性を有する基板上に良質なグラフェンをウェハーサイズで直接に成長させることができる点である。すなわち、転写による欠陥導入の問題が回避できる。しかも、SiCは、硬く、熱伝導性、熱安定性、化学安定性に優れるなどの特性を有し、また、近年、Si半導体に替わるパワー半導体への強い開発要請から、SiCの結晶性が急激に向上している点も、このSiC熱分解法の可能性を保証する重要な要素である。』とあります。

(SiC上エピタキシャルグラフェンの成長と優位性)
https://microscopy.or.jp/archive/magazine/50_1/pdf/50-1-28.pdf

一方、酸化グラフェン(graphene oxide(GO))と呼ばれる物質があります。これについて『酸化グラフェン(Graphene Oxide, GO)は,安価かつ大量に入手可能な黒鉛を化学的に酸化することにより合成できる。GOは層の厚みを炭素1原子の単層にすることができ,さらに他の材料(高分子や金属ナノ粒子等)との複合化が容易である。取り扱い容易な溶液状態でのハンドリングが可能であるため,化学的修飾を行う際には有望な材料であり,期待されているアプリケーションは極めて広い。これが次世代ナノカーボンの一つとして注目されている所以である。』
作り方として、『GOの調製方法は大きく分けて3通り(Brodie法,Staudenmaier法,Hummers法)が用いられている。文献ごとに,加える酸化剤の割合や反応時間,撹拌,冷却の方法に違いがあり,どの方法が優れているかを一概に述べることは難しい。また,GOの性質は,用いる黒鉛の種類や形状・サイズや酸化手法により大きく変わる。GOの構造や物性を変えるファクターを明らかにすることは,品質の保証や再現性の確保の観点から重要であるが,未だ完全な理解には及んでいない。本稿では過マンガン酸カリウムを酸化剤として用いるHummers法に着目し,様々な酸素含有量のGOの合成法や分析方法について紹介する。』とあります。

(酸化グラフェンの合成法と分析法)
https://www.an.shimadzu.co.jp/resouces/cat/ftir/27/index.html

今回の研究例ではHummers法を用いたようです。
この酸化グラフェンを還元すると、還元型酸化グラフェンが得られます。
『還元することでグラフェンに類似した物質、還元型酸化グラフェン(rGO)に変換されます。』表にはグラフェン、酸化グラフェン、還元型酸化グラフェンが比較されています。
それぞれ物性が異なります。グラフェンは導電性、酸化グラフェンは絶縁性、そして、還元酸化型グラフェンはその中間の半導体であることがわかります。

(次世代ナノ材料『酸化グラフェン』の大量生産に着手)
https://nsc-net.co.jp/rgo/

この還元型酸化グラフェンの半導体の性質をUVセンサーへ応用しようという試みが行われているようです。
参考文献31の場合は、
A flexible UV nanosensor based on reduced graphene oxide decorated ZnO nanostructures https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2012/nr/c2nr30354j

ここでの酸化亜鉛を酸化チタンに置き替えると、下記のような研究例になるものと思われます。

(酸化チタンナノシートを用いたフレキシブル紫外線センサーの開発)
https://corporate.murata.com/-/media/corporate/group/zaidan/report/study/201712/h28_046.ashx?la=ja-jp&cvid=20180704064029548700

また、こちらでは還元型酸化グラフェンを広範囲な光センサーへの応用を試みています。

(Reduced graphene oxide (rGO) based wideband optical sensor and the role of Temperature, Defect States and Quantum Efficiency)
https://www.nature.com/articles/s41598-018-21686-2

以上より、今回の研究例では、まずEG(エピタキシャルグラフェン)を作製、それを酸化させて EGOを得たようです。そのEGO図1のようにデバイス化してUV検出能を評価したようです。ここでEGの酸化方法ですが、超高真空中で成長させたEGを、Hummers法で用いる酸化剤(NaNO3、KMnO4、H2SO4の混合物)を使ってその場で酸化したようですが、ドロップキャスト法を採用したようです。これはHummers法の溶液を数滴、SiC表面上のEGに注意深く滴下するものだったようです。

結果です。
まずはEGOとGOのキャラクタリゼーションをラマン分光で行っています。

まず、グラフェンのラマン分光について、『グラフェンの特徴的なピークの一つであるGバンドは、炭素原子の平面内運動に由来し、1580 cm-1 付近に現れます。』『Dバンドは、構造の乱れと欠陥に起因するバンド(disorder band)として知られています。このピークは、Brillouin zoneの中心から離れる格子運動に起因し、1270~1450 cm-1 (励起波長に依存)にこのピークが存在すれば、それはグラフェン試料中の欠陥または端部を示します。』『G'(Gプライム)とも呼ばれる2Dバンドは、二次の二フォノン散乱です。2Dバンドは、フォノン波数ベクトルを電子バンド構造と関連づける二重共鳴過程に起因して、励起レーザーへの強い周波数依存性を示します。この特徴は、514 nmレーザー励起の場合、約2700 cm-1に現れ(Figure 2)、これもまたグラフェン層数を決定するために使用することができます。』

(ラマン分光法によるグラフェンの解析と有効性)
https://www.horiba.com/jpn/scientific/technologies/raman-imaging-and-spectroscopy/technical-paper-jp/graphene-analysis-and-efficacy-jp/

続いて、酸化グラフェンおよび還元型酸化グラフェンのラマン分光については、『グラフェンの合成法の一つとして、グラファイトを酸化して結合が弱くなった酸化グラフェン層を分離し、酸化グラフェンを還元してグラフェンとして利用する方法があります。図8に酸化グラフェンとその還元物の両スペクトル共にGバンドとDバンドにブロードなピークが検出され、酸化グラフェンの還元物では両ピークの波数位置が酸化グラフェンに比べ、わずかにシフトしていることが分かります。』『酸化グラフェンとその還元物をそれぞれ認識し、ラマンスペクトルを比較することでその差異を確認することは可能ですが、未知の試料を測定した場合にこれらの見極めが困難である可能性も考えられます。』

(ラマン分光法とX線光電子分光法(XPS)を組み合わせたグラフェンの分析)
https://assets.thermofisher.com/TFS-Assets/MSD/Application-Notes/raman-xps-graphene-analysis-an-ja.pdf

上記資料の図8を見ますと、2Dバンドに該当するピークが酸化蔵部bbでも還元型酸化グラフェンでも小さく、ブロードになっていることがわかります。

これらを踏まえて、図2を眺めると、図2(a)のグラフェン(初期)は上記資料のグラフェンに該当し、図2(b)のEGOと図2(c)のGOは酸化グラフェンあるいはその還元物のラマン分光の結果と一致することがわかります。ただ、上記にもありましたように、酸化グラフェンとその還元物をラマン分光で見分けることは難しいようです。

そこで、上記同じ資料を見ますと、『次に、XPSにより得られたガラス上の酸化グラフェンとその還元物のC1sスペクトルを図9に示します。ラマンスペクトルでは両サンプルの差はわずかでしたが、XPSではこれらの差が明確に現れており、酸化グラフェンではC-O結合に帰属されるピークが強く検出されているのに対し、還元物ではそのピークが小さく、酸化物が還元されていることが分かります。また、C-C結合に帰属されるピークにおいても、酸化グラフェンに比べて還元物はピーク位置が低エネルギー側にシフトしていることから、グラファイト型(sp2)の構造に由来するピークが含まれていることが示唆されています。酸化グラフェンとその還元物共にC=O結合に帰属されるピークが同程度検出され、C-Oのピークもわずかに検出されていることから、還元物であっても完全なグラフェンが合成されているのではなく、酸素が一部残っていることも確認されました。』

(ラマン分光法とX線光電子分光法(XPS)を組み合わせたグラフェンの分析)
https://assets.thermofisher.com/TFS-Assets/MSD/Application-Notes/raman-xps-graphene-analysis-an-ja.pdf

その結果、図3(a)に示されているように、EGOとGOはほぼ同じ結果となり、ラマン分光とXPSで見たところでは酸化状態は同じであったようです。
しかしながら、UV光のセンサー物質とするには、EGOには導電性が付与されなければなりません。
これについて、EGOおよびGOの電流-電圧曲線が図3(b)に描かれています。
EGOは直線状でオームの法則に従うように見えます。一方GOは曲線で、半導体の形状に見えますが、2000倍拡大してあることからもかなり導電性が低いことがわかります。
上記で見ましたように、酸化グラフェンの導電性が低いことは理解できます。
このように、EGOとGOのI-V曲線が大きく異なるのは、グラフェンの酸化の程度が異なるためであり、これによってバンドギャップも異なってしまったからであり、マイルドなドロップキャスト法で得られたEGOの酸化度は、強力なハマー酸化法で得られたGOの酸化度よりもはるかに低いのでは?と考察しています。

続いてデバイスにUVを照射して、電流値の変化を調べています。
結果が図4(a)=EGOの場合、図4(b)=GOの場合として出ています。
まず大きく違うところは縦軸の単位で、EGOの場合はミリアンペアだったのに対して、GOの場合はピコアンペアだったことです。ピコアンペアともなると、扱いは大変だと思います。
どちらの結果もまずUVを当てる前には暗電流が流れています。そしてUVを当てると電流値は上がります。そしてUV照射を止めると電流値は下がります。
本来であれば電流値は元の暗電流のところまで戻ることが理想的です。
GOの場合は追加情報の図S1の左側を合わせて見ても、それが達成できているようですが、EGOの場合は回数を重ねるごとに、戻る電流値が大きくなったようです。これについては、現段階では原因がわからないようで、一応EFO固有の性質としています。

更にUV光以外として、白色光を当てて様子を見ていますが、図5に示されているように、EGOとGOのどちらもUV光には応答するのに対して、白色光には応答しないことがわかったようです。

そして、UV光の強さと光電流(UVを当てた電流値から暗電流を引いた値→EGOで暗電流が動くことを考慮したものと思われます。)について調べています。
UV光の強さはサンプルと光源の距離を変えることによって調節しています。
結果が図6に示されています。
光源が近い=UVのエネルギーが大きいほど光電流も大きいことがわかります。
ただ、変化率はGOの方が大きかったようです。
もっとも、光電流値そのものがGOの方がケタ違いに小さく、いくら変化率が大きくても扱いにくいとは思いますが…

それから、表1にはEGOとGOにUVを当てた場合の立ち上がり時間(τr)と下降時間(τf)が示されています。立ち上がり時間も下降時間もEGO>GOとなり、GOの方が速く応答したようです。これについては、バンドギャップの違いが要因であり、暗電流の増加とも関係しているのではないか?と考察しています。

最後に量子効率を比較しており、EGO=1907%、GO=2.3×10-6%を大きく違ったようです。

所感です。
グラフェン、酸化グラフェン、還元型酸化グラフェンと出て来ました。
一旦グラフェンを酸化させて、還元させるという手間なことをなぜ故に?とは思いました。
まずグラフェンを作ることが大変なようです。
『グラフェンを「CVD装置*」で作ります。材料となるメタン・水素・アルゴン(CH4/H2/Ar)のガスを入れると、加熱されたウェーハ上でガスが化学反応をおこして炭素原子が現れ、グラフェンの薄膜を形成します。』とありますが、生産効率も悪そうです。
(グラフェン)
https://www.fujitsu.com/jp/about/research/techguide/list/graphene/

そこで、黒鉛からグラフェンを作る方法が考案されたようです。
『グラフェンの単離に成功したのはつい最近で,2004年に著者のガイムらはグラファイトを力ずくで引き剥がした破片からグラフェンを作り出した。セロハンテープにグラファイトの薄片を貼り付け,テープの粘着面で薄片を挟むように折り,再びテープを引き剥がす。これを繰り返すことによって薄片を剥がし,どんどん薄くしていくことでグラフェンと同定される資料が見つかた。その結晶構造はほとんど欠陥がないうえ,常温でも化学的に安定していることがわかった。』
このあたりの経緯はなかなか興味深いところです。
(グラフェン 鉛筆から生まれたナノ材料)
https://www.nikkei-science.com/page/magazine/0807/200807_076.html

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辻村豊
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辻村豊(技術コンサルタント)

合同会社 播羊化学研究所

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