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中根弘幸

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中根弘幸(なかねひろゆき)

中根・車元法律事務所

コラム

畏友、亡高橋紳吾助教授を偲ぶ(その2)

2011年3月2日


高橋君の消息が分からなくなってから長い時間が経ち、平成4年に私は弁護士となって広島弁護士会に登録しました。
広島に帰ってきたのです。

その頃、たまたま中学と高校の同窓会があり、高橋君と再会したのです。
東邦大学医学部の、当時は助手か講師だったと思うのですが、いつの間にか医者(精神科医)になっていました。

彼は文化系だと思っていたので、私は不思議な感じを持ったのです。
何か変だなと思いました。
しかし、友人が出世したのは嬉しいことなので、「ヤアヤア」という感じで談笑したことを覚えています。

しかし、その後彼から聞いた話は衝撃的でした。
高橋君は、高3のとき人生に悩み、一旦僧侶になろうとして仏教大学に進学していたのです。

高橋君も人生の悩みにぶち当たり、苦しんでいたのです。
それにしても、本気で僧侶になるために行動するとは・・・。
彼の心の葛藤、いかばかりかと思います。

結局2年間くらい仏教大学に通った後、縁あって精神科医の道を目指したと行っていました。

その後は、東邦大学医学部でお世話になり、大学院を卒業して医学部の精神神経科医局長まで努めています。
その間、ドイツのハイデルベルグ大学に留学して研究を重ね、精神医学を学んだそうです。

特に専門は、憑依現象のようで、カルトについても専門的知識を持っていた日本でも数少ない学者だったようです。

私は、彼から「きつねつきの科学」という本を署名入りで送ってもらいました。
これは同窓会で会ったとき、サインして後日私の自宅に送ってくれるよう頼んだら、その通りに送って来てくれたのでした。
このときのお礼を結局言えないで終わってしまいましたね。

その後、何かの拍子にお互いメールを交わすようになったのですが、君はとても忙しそうでした。
「秘書を置けばいいじゃないか!」と言う私の発言に、「秘書なんか置けないよ。」と困ったように言っていましたね。

その後、他の友人が呉で経営している病院に講師として招かれ、講演をした後に同窓会がセットされました。
そこで、また久しぶりに彼と話をしたのですが、それが最後の会話になってしまいました。

高橋君、君のことは忘れません。私の心の中でずーっと生きていますよ。

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