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コラム

発言が肯定される そこにワクワク感がある

2022年11月23日

テーマ:気づきの窓

コラムカテゴリ:ビジネス

 作家の遠藤周作さんが生前、講演の中でご自身の著書が大学入試の現代国語に採用された時の話をされました。その問題を遠藤さんも解いてみました。ある文章に傍線が引いてあり、「この時、主人公はどう感じたか、次の四つの中から答えよ」という問いがありました。答え合わせをしたら遠藤さんの解答は不正解でした。遠藤さんは「作者は俺だよ。なんで俺の答えが違うんだ?」と会場を笑わせていました。実は遠藤さん、四つすべてに丸を付けたのです。「人間というのはいろんなことを感じるんだ。一つに絞るなんてできないんだ」と遠藤さんは話していました。

 この話を思い出したのは、結城花梨(かりん)著『絵で見える小説的な授業の世界』を読んだからです。結城さんには小学生の頃、国語の授業で忘れられない思い出がありました。

 主人公は2歳くらいの「ゆみ子」。最初に覚えた言葉が「一つだけちょうだい」。食べ物が乏しかった戦時中、ゆみ子がこの言葉を言うと、母親は「じゃ一つだけね」と言って自分の分の食べ物を分けてくれた。父親が出征する日も、「一つだけちょうだい」を繰り返し、父親のおにぎりを全部食べてしまった。

 授業では、この「ゆみ子」についてどう思うかを話し合いました。いろんな意見が出てきた中に「わがままな子」という意見もありました。結城さんは自分と同じ意見が出てホッとしました。ところが先生は「わがままとは違うんですね」と言ったのです。
 結城さんは「えっ、なんで?」と思いました。だが「なぜわがままではないのか」という説明はなく、授業は先に進んでしまいました。自分の感じたことが「間違い」だったことに結城さんはショックを受けました。
 その後、結城さんは無意識に「授業とは自分の気持ちや感じたことを言うのではなく、先生が求めている『正解』を言わなきゃいけないのだ」と思うようになりました。

 本来、「授業とは事前に『正解』が決まっているものではなく、教師と子どもたちによって作られるもので、誰も結末が予想できないもの」です。
 「教師がなぜ『正解』から外れた発言を『間違い』と指摘するのか。それは授業が自分の意図したものではなくなるという『恐れ』を感じるから」です。
 確かに、自分の発言に対して先生から「そう思ったのか。すごいな。先生も気が付かなかったよ」と言われると自信になります。正解を言わなきゃいけないという「縛り」から解放されると、自由に考えたり、発言できます。

この記事を書いたプロ

下裏祐司

事業と社員の成長を導く企業活性化コンサルティングのプロ

下裏祐司(株式会社飛泉)

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