大西英樹のお客様の声一覧
(松山市)KU様
時期:2016年11月回数:はじめて
愛媛香川障害年金相談センター 大西所長様拝啓 肌寒さが身にしみる晩秋となりましたが、お元気でご活躍のことと拝察申し上げます。先日は障害年金の申請に対しお力添えをいただき、ありがとうございました。今月、2回目の障害年金を無事に受け取ることができました。私が神経性の筋肉委縮症を発病してから、もう10年以上になります。次第に病状が進み、体が動かなくなっていく恐怖と同時に、私を苦しませてたのは職場でのパワ原でした。機械設計の現場技師であった私が現場をはずされ、『体の不自由なお前を職場の雑用係として雇ってやっているのはお情けだ』だと高飛車に罵られました。1年に2回、入院しての2週間の点滴治療が不可欠であるため、職場でのいじめに耐えて勤めても、いつまで働けるかという心配がいつも胸中にありました。精神的な不安から、自律神経失調症をわずらい、鬱病とも診断されました。数年前、この不安定な状況を、障害年金を受けることで少しでも落ち着けたら・・・という切なる希望を持って、障害年金の申請に踏み切りました。図書館やネットで障害年金の事を色々と調べ、何ヶ月もかかって何ヵ所もの病院の診断書や各種書類を取り寄せ、やっと申請したものの却下。もう一度、書類をそろえ、書類を書き直して再申請したものの、やはり駄目でした。役所から届いたけんもほろろな申請拒否の書類に、心も折れ、完全にあきらめていました。そんな私が、愛媛香川障害年金相談センターのことをネットで知ったのは今年の春のことでした。迷ったあげく、駄目で元々という気持ちで貴社に連絡すると、てきぱきと対応してくれました。初めて会った席で、「3級なら大丈夫です。上の2級をねらっていきましょう」ときいたときには、正直、半信半疑でした。けれども、熱心で丁寧な話を聞いているうちに(もしかしたら)という希望と、(これだけ一生懸命で当たってくれているのだから、これで通らないなら今度こそあきらめがつく)という相反する気持ちが胸中にわいてきました。担当の方の力強い言葉と手厚いサポート、障害年金の申請について本当にお世話になりました。障害年金の結果がでる前の8月、私は半ば追い出されるような形で会社を退職しました。我慢に我慢を重ねたけれど、もう限界でした。会社にも上司にも自分にも病気にも、何もかもが悔しくて情けなくて「どうしてこんな病気になってしもたんだろう…」と何度も繰り返し、口に出さずにはいられませんでした。会社を辞職した翌日、年金事務所から通知を受け取りました。結果は、3級を通り越してまさかの2級!言ってくださった通りの結果になりました。神も仏もないものかと絶望していた私にとって、地獄に仏のような素晴らしい知らせでした。驚くよりも喜ぶよりも先に私が思ったのは、愛媛香川障害年金相談センターの皆様への感謝の思いでした。法律知識もノウハウもない、自分だけの力では障害年金受給の重い扉を開くことは絶対に無理でした。自分のために、人力を尽くしてくださったからこそ、期待以上の結果が得られました。どんなに感謝しても、感謝し足りません。この感謝の気持ちはとても、言葉で言い表せません。今、私はハローワークに通いながら就職活動をしています。今月の末からは、点滴治療のためまた2週間の入院をせねばなりませんが…正直、障害者枠は少なく条件も相当厳しいものです。もし障害年金の受給がなければ、どんなに条件が悪くても必要に迫られて仕事を選ぶ余裕もなかったことでしょう。そんな中でも、入院治療を続けて受けることができるのは障害年金があればこそです。大西所長様、スタッフの皆様が、私に生活の糧と新しい人生、そして生きる勇気を与えてくださったのです。また3年後の障害年金の更新の時や困った時など、相談させていただけたらと希望しています。どうぞこれからも末永いおつきあいをお願いいたします。愛媛香川障害年金相談センター様の、ますますのご活躍と発展を心よりお祈り申し上げております。敬具【傷病名】筋肉委縮症&うつ病通常は障害厚生年金3級のところ、あわせ技1本で障害厚生年金2級を取ることができました。いい仕事ができました。
サービス内容:初めて会った席で、「3級なら大丈夫です。上の2級をねらっていきましょう」ときいたときには、正直、半信半疑でした。担当の方の力強い言葉と手厚いサポート!
2020年4月29日投稿
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(松山市)KU様
男性/50代/会社員時期:2016年11月回数:はじめて
(筋肉委縮症&うつ病)結果は、3級を通り越してまさかの2級!言って下さった通りの結果になりました
愛媛香川障害年金相談センター 大西所長様
拝啓 肌寒さが身にしみる晩秋となりましたが、お元気でご活躍のことと拝察申し上げます。
先日は障害年金の申請に対しお力添えをいただき、ありがとうございました。
今月、2回目の障害年金を無事に受け取ることができました。
私が神経性の筋肉委縮症を発病してから、もう10年以上になります。
次第に病状が進み、体が動かなくなっていく恐怖と同時に、私を苦しませてたのは職場でのパワ原でした。
機械設計の現場技師であった私が現場をはずされ、『体の不自由なお前を職場の雑用係として雇ってやっているのはお情けだ』だと高飛車に罵られました。
1年に2回、入院しての2週間の点滴治療が不可欠であるため、職場でのいじめに耐えて勤めても、いつまで働けるかという心配がいつも胸中にありました。
精神的な不安から、自律神経失調症をわずらい、鬱病とも診断されました。
数年前、この不安定な状況を、障害年金を受けることで少しでも落ち着けたら・・・という切なる希望を持って、障害年金の申請に踏み切りました。
図書館やネットで障害年金の事を色々と調べ、何ヶ月もかかって何ヵ所もの病院の診断書や各種書類を取り寄せ、やっと申請したものの却下。
もう一度、書類をそろえ、書類を書き直して再申請したものの、やはり駄目でした。
役所から届いたけんもほろろな申請拒否の書類に、心も折れ、完全にあきらめていました。
そんな私が、愛媛香川障害年金相談センターのことをネットで知ったのは今年の春のことでした。
迷ったあげく、駄目で元々という気持ちで貴社に連絡すると、てきぱきと対応してくれました。
初めて会った席で、「3級なら大丈夫です。上の2級をねらっていきましょう」ときいたときには、正直、半信半疑でした。
けれども、熱心で丁寧な話を聞いているうちに(もしかしたら)という希望と、(これだけ一生懸命で当たってくれているのだから、これで通らないなら今度こそあきらめがつく)という相反する気持ちが胸中にわいてきました。
担当の方の力強い言葉と手厚いサポート、障害年金の申請について本当にお世話になりました。
障害年金の結果がでる前の8月、私は半ば追い出されるような形で会社を退職しました。
我慢に我慢を重ねたけれど、もう限界でした。
会社にも上司にも自分にも病気にも、何もかもが悔しくて情けなくて「どうしてこんな病気になってしもたんだろう…」と何度も繰り返し、口に出さずにはいられませんでした。
会社を辞職した翌日、年金事務所から通知を受け取りました。
結果は、3級を通り越してまさかの2級!言ってくださった通りの結果になりました。
神も仏もないものかと絶望していた私にとって、地獄に仏のような素晴らしい知らせでした。
驚くよりも喜ぶよりも先に私が思ったのは、愛媛香川障害年金相談センターの皆様への感謝の思いでした。
法律知識もノウハウもない、自分だけの力では障害年金受給の重い扉を開くことは絶対に無理でした。
自分のために、人力を尽くしてくださったからこそ、期待以上の結果が得られました。
どんなに感謝しても、感謝し足りません。
この感謝の気持ちはとても、言葉で言い表せません。
今、私はハローワークに通いながら就職活動をしています。
今月の末からは、点滴治療のためまた2週間の入院をせねばなりませんが…
正直、障害者枠は少なく条件も相当厳しいものです。
もし障害年金の受給がなければ、どんなに条件が悪くても必要に迫られて仕事を選ぶ余裕もなかったことでしょう。
そんな中でも、入院治療を続けて受けることができるのは障害年金があればこそです。
大西所長様、スタッフの皆様が、私に生活の糧と新しい人生、そして生きる勇気を与えてくださったのです。
また3年後の障害年金の更新の時や困った時など、相談させていただけたらと希望しています。
どうぞこれからも末永いおつきあいをお願いいたします。
愛媛香川障害年金相談センター様の、ますますのご活躍と発展を心よりお祈り申し上げております。敬具
【傷病名】筋肉委縮症&うつ病
通常は障害厚生年金3級のところ、あわせ技1本で障害厚生年金2級を取ることができました。いい仕事ができました。
サービス内容:初めて会った席で、「3級なら大丈夫です。上の2級をねらっていきましょう」ときいたときには、正直、半信半疑でした。担当の方の力強い言葉と手厚いサポート!
2020年4月29日投稿
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