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山内崇嗣

本人主体の関わりを重視するメンタルヘルスの専門家

山内崇嗣(やまうちたかし) / ソーシャルワーカー

一般社団法人やまのくち農舎

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コラム

メンタルヘルスにおいて求められるものとは

2021年9月24日

テーマ:本人主体の関わり

コラムカテゴリ:メンタル・カウンセリング

コラムキーワード: 社会福祉士メンタルヘルス 対策対人関係療法

前回から随分と空いてしまいました。飽きてきた訳ではなく、日々忙殺されていたのが実状です。

さて、今回のテーマはとても壮大なテーマになっていますが、メンタルヘルスにおいて求められているものを、地域に出ているソーシャルワーカーの立場から率直に述べたいと思います。以下箇条書きにしてみました。

1.本人主体であること
2.役割は場面場面で変わること(役割の固定化がない)
3.人生経験が積めること
4.病気や障害が免罪符にならないこと

がまず挙げられます。
1はどこでも出てくる言葉ですが、本人中心で物事を進めることです。本人の居ない所で何かが決まったり、本人が選びうる選択肢を提示しなかったり(誘導)、本人が決定できないのだと決めつけたり(無能力と決めつける)するのは論外です。メンタルヘルスに関わっている方の多くは人生経験が不足していると感じます。それは人生の重要な時期を薬によってまともに経験出来なかったこともあるでしょうし、周りの関わり方のマズさ(本人の経験の芽を摘んでしまう。つまり何でも親がやってしまう等)もあったかもしれません。人生経験が不足しているものの、年齢は等しく重ねていきますから、年齢のステレオタイプ(その年齢では「通常」こんなことやあんなことを経験しているであろうという観念)で見ると部分的に、または全体的に幼かったりするかもしれません。それでも結局重要なのは、本人が考えて、決めて、実践していく経験になります。それを奪っている間は、ずっと自信が持てないでしょうし精神的に不調和を起こしやすいのは当然だと考えます。

2は役割の固定化をしていないことです。医療や福祉の現場で見られるのですが、支援者と利用者、治療者と患者の関係です。これは固定しているものなのでしょうか。本来はそうではないという見方です。なぜならば、ある場面では経験不足の方は誰かに教えてもらったり支援を受ける必要性があるかもしれませんが、強みに関してはむしろ教える立場になり得るからです。社会の中で生きていると、役割は目まぐるしく変わります。加えて一方的に与え続ける、または与えられ続ける関係は成立しません。それが不思議なことに医療や福祉の中では固定化してします。そこに当人が抱える不全感があると感じています。調子を崩している中では医療従事者や福祉支援者はとても眩しく映ります。統制された情緒的関与を医療側、福祉側の職員はしますから、それは「造られた」役割であるにも関わらず、そこに頼って多くの時間を割いている利用者なり患者は、それが造られたものであることを忘れてしまいます。そうすると、自分なんかやっぱりダメなんだ、職員の人たちは出来て自分には出来ないと卑屈になり、自尊心の低下も招きます。ある種当然だと思います。そうではなく、ある場面では支援を受ける側だとしても別の場面では教える立場になる、世の中で自然に起こる役割変化を当たり前に生じさせることが快復への近道だと実感しています。

3は1で述べたように人生経験を積める場を整えることが本人が立ち直っていくために必要な条件だと考えています。誰かの人生をなぞっているのでは、いつまで経ってもモヤモヤは取れないですし、後悔しか残らないでしょう。自身がどうしていきたいのか、こうしていきたい、じゃあそうしようと動く。成功・失敗は問わないです。今の失敗は未来の成功であると確信出来ます。それが本人が選んで進んで行ったモノであれば、必ずあなたの血となり肉となります。人生を豊潤なものにするはずです。

4は病気や障害と言われたものが何かを行うために免罪符になる訳ではない。またそうした免罪符にならない、ダメなものはダメなんだという関わりが大切だと言っています。自分は病気だから〇〇が出来ない。これは過去も今も私自身使う用語でもあります。確かにそういう一面もあるかと思いますが、本当にそうなのかを一度立ち止まって考えて頂きたいんです。病気や障害とは1や3で述べた人生経験の未熟さから端を発していなかったか。出来ないことは出来ません。出来ないから工夫したり人に聞いたりして出来るようになるんです。それをありとあらゆるものを病気や障害のせいにしてしまったらどうなるか。そこで思考停止になり、全てのことが病気と障害に集約することで前に進まなくなります。また周りの方の関わり方も、例えば統合失調症なので仕方がない、うつ病だから〇〇は出来ないと言っていないでしょうか。統合失調症もうつ病も確固たる根拠はありません。専門家と言われる精神科医にしても意見が分かれるくらいです。正確な判別など出来ないと考えた方が賢明です。その診断名を前面に出して出来ないことの理由付けにすることは全部がおかしいとは思いませんが、ん~、本当にそうなんだろうかと考えてしまいます。そうでは無く、まずは病気や障害で出来ないというよりかは、経験が足りてなかったのではないかという視点から始まって、どうしても出来ないものに関してはやらなくても済む方法を考えたり、人に任せたりすれば良いのではないでしょうか。

以上1~4までを説明してきましたが、こうした関わりや考え方を日頃実践されているところにほとんど出会ったことがありません。それくらいメンタルヘルスにおいては良いなぁと思える場が少ないと言えます。それでは自分たちが創れば良いじゃん!と思われる方。そうなんです。その通りで、自分たちで理想的なものを創ることが早道だと考えます。一方でそうして創出したサービスが持続可能な形かと問われるとそうでは無いとも言えます。何故かは違う機会にお話したいと思います。

この記事を書いたプロ

山内崇嗣

本人主体の関わりを重視するメンタルヘルスの専門家

山内崇嗣(一般社団法人やまのくち農舎)

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