マイベストプロ愛知
山内崇嗣

本人主体の関わりを重視するメンタルヘルスの専門家

山内崇嗣(やまうちたかし) / ソーシャルワーカー

一般社団法人やまのくち農舎

お電話での
お問い合わせ
052-217-6965

コラム

医学モデルと社会モデル ~そして人権モデルへ~

2021年7月18日

テーマ:本人主体の関わり

コラムカテゴリ:メンタル・カウンセリング

コラムキーワード: 社会福祉士対人関係療法セルフセラピー

今日は人との関わり方についての話をします。3つのモデルがタイトルにありますが、どのモデルが良くて
悪いかという話ではありません。時と場合によって適したモデルがあると考えています。それでは1つ1つのモデルを簡単にお話しようと思います。図が医学モデルと社会モデルを表しています。図1 医学モデルと社会モデル(引用:引用:八咫烏(やたがらす)ーメンタルヘルスの罠〈中川聡氏Website:https://ameblo.jp/sting-n/image-12565094429-14176963814.html〉)

医学モデルとは、ご覧の通りピラミッドの上に最も地位の高い者がおり、そこからあらゆることが下へ伝達されていくモデルです。指揮系統が厳格であることが必要な軍隊、警察、刑務所、大企業などが適していると考えられます。父権主義(パターナリズム)と言いますが、上から言われたことをやれば間違いないんだというシステムのため、業務を言われた通りに遂行する忠実さが求められます。医療機関でも少なくありませんが、患者が医師に全てお任せしますと委ねるのはこうした医学モデルの典型例とも言えるかもしれません。

一方社会モデルですが、本人が中心にいるのが特徴です。もう1つの特徴として周りの社会資源は等距離にあり、医学モデルのような序列は決まっていません。本人が自ら活用する資源にアプローチしていき、周りの資源はそれによって関わりを持っていきます。医学モデルで述べた軍隊や警察といった場でない限り、ほとんどはこの社会モデルが望ましいと私は考えています。

人権モデルは社会モデルの考え方に、本人が決めていく、本人主体の関わりを周りの社会資源が行うことを強調しています。社会モデルのように見えて、実は実状は医学モデルであったケースは枚挙にいとまがありません。本人中心と言いながらも、本人が選ぶことが出来たであろう選択肢を意図的に出さなかったり、特定の選択肢に誘導したりと、なかなか社会モデルを実践、機能させていくのは難しいことです。

さて、今日は人との関わりについて述べるのですが、上記でお伝えした3つのモデルのどの形で関わっていくかによって本人との関わりは極めて異なってきます。医学モデルは本来、特殊な環境下で機能するモデルなのですが、世の中を見まわしてみてどうでしょうか。医療、教育、職場、家庭といったあらゆる場面で医学モデルが入り込んでいませんか。医療で言えば、治す主体は患者本人です。医師ではありません。それなのに治療法も医師が良いと思った方法で「お任せ」で進んでしまう。よく考えてみて恐ろしいことでは無いでしょうか。どのような投薬、検査、手術であっても100%安全なものなど絶対にありません。そして教育に関してもそうです。教師の言ったことが絶対に正しいなどと言えるでしょうか。生徒1人1人が主体的に本当にそれで良いのか、正しいのか。自分がおかしいと思ったことは自分で調べてみる。先生の言ったことは往々にして間違っています。共通一次試験はじめ教育の試験は答えは上から与えられたものになります。極めて医学モデル的です。職場もある程度社長から平社員まで伝達される仕組みは必要かもしれませんが、現場の社員がやっていることに何の疑問も持たずに、ただただ言われたことだけやっている組織は潰れます。会社の存続は、セレンディピティ(偶然の発見)によると言っても過言ではありません。そこから新たな事業が展開したりと拡がっていきます。それは医学モデル的組織ではあり得ないことです。最後に家庭はどうでしょうか。親から言われたことだけやっていれば良いんだと言われて育ってきた人は結構いると思います。そんな子がある時点で躓いた時、親の言ったとおりにやってきたのになぜダメだったのかを初めて思うかもしれません。それでも親は、お前のやり方が間違っていたんだ、お前の努力が足りなかったのであって親のせいではないと言うかもしれません。いかにも医学モデル的な関わりですが、実は親が正しいと考えて子供に押しつけていることなど、ごく小さな経験から、世の中の言説から引っ張ってきているのに過ぎないことだってあります。

では上記で医学モデル的だった関わりを社会モデル、人権モデルとして置き換えたらどうなのでしょうか。医療であれば、患者に選択肢を提示するでしょう。例えば私の良く関わっている精神保健の場面では、治療(向精神薬を使用した治療)は対症療法に過ぎないため、事の本質には効果がない。対症療法で不快な症状は緩和しても、根本的な原因は変わらないので、対症療法をした上で事の本質に向き合うことが必要かもしれないと伝えます。そうであれば医療はごく限られた場面での資源になり、ほかに福祉、友人、地域、職場などとどのように関わるか、そもそも不快な症状が出ていたのは何が原因かを探っていくのが大切かもしれないと本人が選ぶかもしれません。そのため医療の場面では「患者への情報提供」が大切になってきます。
教育はどうでしょうか。教育は現時点で「答えらしきもの」はあると教えます。でも生物でも科学でも何でも覆ることはあるし覆ってきた。それが科学の宿命であることを話します。その上で、生徒が興味関心を引く項目に関し、自主学習していくための「情報提供」を教師はしていくことになります。読み書きそろばんは詰め込みになっても、その他はなるべく「生徒への情報提供」をし、得意な分野を伸ばしていくのが肝要だと考えます。
職場であれば、社員の自主性を伸ばしていくことが今後は必要だと思います。言われたことをやるだけでは、それ以上の仕事は出来ないことを社員に伝え、会社が持続的に、社会に求められるにはどうしたら良いかを社員1人1人が考え、実践していく土壌を創ることだと考えています。
家庭では、親が子どもをコントロールするのは生命の危険があると思える時だけで、基本的にそれ以外は本人がやりたいように、気の向くままにやらせてみることが良いのだと思います。親の役割は子どもの成長段階で変わっていきますが、子どもが求めているのは、思い切ってやっても困った時、苦しい時に助言をしたり、支えてくれる後ろ盾としての親です。自分の意に沿わないことを強制する親ではありません。子どもがより広い視野を持てるように、親の知っている、経験したことを子どもに選択肢を与える意味で伝えることがとても意味のある事だと思います。

今日は人との関わりについて3つのモデルでお話をしてみました。社会モデルが通常は望ましいと考えていますが、何度も言うように、それが絶対的に優れている訳ではありません。それでも自分の周りを見回すと医学モデル的な関わりによって閉塞感を覚えることが本当に多いです。誰しもがピラミッドの上に行きたい欲求を少なからず持っています。無欲な人間はいない。しかしながら権威主義的な関わりは当人にとって葛藤(理想と現実のギャップに苦しむこと)を生みやすいと確信しています。医学モデル的な関わりから社会モデルないし人権モデル的な関わりへの移行は、とても労力がかかりますし、時間も要します。一筋縄ではいかない。それでも一度社会モデル的な中で上手くいく経験をすれば、心地良さを実感することでしょう。あなたの身の回りではどうでしょうか。

この記事を書いたプロ

山内崇嗣

本人主体の関わりを重視するメンタルヘルスの専門家

山内崇嗣(一般社団法人やまのくち農舎)

Share

関連するコラム

山内崇嗣プロへの
お問い合わせ

マイベストプロを見た
と言うとスムーズです

お電話での
お問い合わせ
052-217-6965

勧誘を目的とした営業行為の上記電話番号によるお問合せはお断りしております。

山内崇嗣

一般社団法人やまのくち農舎

担当山内崇嗣(やまうちたかし)

地図・アクセス

山内崇嗣のソーシャルメディア

facebook
Facebook

山内崇嗣プロのコンテンツ