子どもの「学力・知力」を育てる

小田原漂情

読み書きが苦手な子どもを救う読解力の養い方

国語力に定評がある文京区の総合学習塾教師 小田原漂情 [ プロフィール ]

「子どもが本を読まない、文章も書けない」という悩みや心配を多くの保護者から聞きます。さまざまな局面で同様の見解・報告に触れるため、現代教育の主要テーマの一つと考えられます。
2006年のPISA(国際学習到達度調査)では、
日本の子どもの「読解力」が世界で15位という驚愕すべき順位に低迷しました。

なぜ「読解力」が低下したのでしょうか? それにはあらゆる要因が複雑に絡まり合ってのことですが、国語教育の視点から考察した結果を述べるとすれば、それは子どもが情報や情操の源を受け入れる知識の摂取の場面で、視覚化・デジタル化が著しく進んだためだと思います。

例えば、東京から天橋立まで行く方法を調べるのに、
30年前の中・高校生なら、その多くが図書館で時刻表を用いました。

時刻表を繰るうちに、館内の書架にある天橋立関連の文献に魅かれ、
手にとって「文章」を読み、それを書いた人や対象の土地の「心」に触れることもしばしばでした。

一方、今日の中・高校生は、十中八九インターネットの検索に頼るでしょう。
結果は数秒~十数秒で表示されます。

関連サイトを開くこともあると思いますが、そこで得られるのはほとんどが「情報」で、「心」を感じることはきわめて少ないと言えます。感想や感興を述べるサイトがあったとしても、そのほとんどに映像が掲載されていて「視覚」が優先されています。

ここには、ものを読みとり、思考と感情を添わせてゆく「読解」の力を育む素地は存在しません。読解力の低下は90年代から顕著でしたので、ネット・パソコン限定で原因を求めるのでは乱暴すぎますが、広義の「デジタル化」の進行という点は疑いようもなく、また現今の状況に照らす上では、ネット・パソコンの大きな影響が明らかだと考えます。

とはいえ、子どもたちをとりまく環境を指弾するだけでは何にも始まりません。
多くの先人たちが残してくれた「文章」「言葉」という財産を、
今の子どもたちに生きた形で伝える必要があります。

具体的には、「音読」を通して「心」を伝え、さらに心と感性を磨く思考と表現の場を持たせることが、豊かな人間性を育む礎となります。「学びて思わざれば即ち罔(くら)し」の「思う」力は、文章を読み、考え、感じとることによって身につきます。

そして、それは自分自身の考える力、状況を切り開く力となり、
他者を思いやる心にも結びつきます。

教える側からすれば根気のいる仕事でもありますが、言葉と文章からきちんと何かを受けとめられる子を育てることが今こそ強く求められていると考えます。

文章、言葉、韻律と、多くの鍵が国語教育という豊饒の大地の中に隠されています。
それを耕し、未来を担う子どもたちへ手渡すことに持てる力を精一杯注ぎたいと思います。

国語力に定評がある文京区の総合学習塾教師 小田原漂情 [マイベストプロ東京]

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